LAP NEWSLETTER

社会福祉・医療事業団(高齢者・障害者福祉基金)助成事業
HIV感染予防介入策としてのプリベンション・ケースマネジメント

鬼塚直樹 

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 1999年度に行ったピアカウンセリングの研修に続いて、今回はPCM(プリベンション・ケースマネジメント)の研修を、社会福祉・医療事業団(高齢者・障害者福祉基金)の助成を受け行うことが出来た。LAPの決して派手ではないがテンポのよい研修活動の一翼を再度担うことが出来て、うれしい限りである。
 こういった一連の学習は、HIVコミュニティーの中に、現実に対処するための方法論の幅をもたらし、様々な側面を持つ「予防」というものを具現化する力になりうると思う。受け継がれ継続されなければならない活動である。

 ■はじめに

 さて、今回の研修内容のPCMであるが、これは予防介入の方法論としてアメリカで開発されたものである。したがってそれをそのまま日本に平行移動し用いることには無理があり、そこには必ず地域性への考慮とそれに基づいた組みかえが必要になってくる。しかし、こういった作業に着手する前に、その方法論が開発されたそもそもの状況や、そのコアになっている理念を正しく理解することは大切である。
 ここで(HIV予防に限ったものとしての)プリベンション・ケースマネジメントの概要を説明し、今後の可能性などについて考えていることを述べてみたい。

 ■PCMの歴史

 米疾病対策センター(CDC)は、1995年4月に「健康教育とリスクリダクション活動へのガイドライン」の一環としてプリベンション・ケースマネジメント(PCM)のガイドラインを提示し、さらに1997年9月に「HIVプリベンション・ケースマネジメント?ガイダンス」を発行した。これは、PCMに取り組もうとする各地の公衆衛生局やNGOに、プログラム構築や導入のノウハウを示すとともに、そこに共通の理解を確立し、サービスの効果性を高めるための支援を提供しようとする試みであった。
 しかしHIVに限った形でのプリベンション・ケースマネジメントは、その効果性の評価がほとんどなされていなかったため、他の領域におけるケースマネジメントのモデルの評価を基盤において、このガイドラインが作成されている。それだけ新しい試みであったということがうかがえる。
 もちろん1980年代半ばから、アメリカでは様々な予防介入策が実施され、CDCは資金や技術援助を行ってきていた。ストリート・アウトリーチ、コンドーム・プロモーション、HIVカウンセリングと抗体検査、様々なワークショップやサポート・グループなど様々なプログラムをあげることができる。しかしこのような予防活動が、本格的な展開を見せ始めて10年という一くくりを迎えようとする1990年代半ば頃に、こういった従来の方法論では、HIV感染予防介入が届かない層があることが、次第に明らかになってきたのである。
 そのニーズを探っていくと、異言語異文化の障壁、年々複雑化していくHIVをめぐる社会状況、HIVのさらなる流行、ドラッグやホームレス、あるいは精神疾患といった併発症状、長年のセイファーセックス教育への不信感と実践への疲れなどが、明らかになっていったのである。
 こういった層への予防介入策には、対グループ、対コミュニティーではなく、対個人レベル、それも継続されかつ集約的なものが必要であるとの認識がなされ、そこに登場したのがPCMであった。専門性の高いスタッフが必要であり、また一対一で継続的にサービスが提供されなければならないことを理由とした、ハイコストという問題を抱えながらも、その効果性は認められ、様々なNGOがCDCへの資金申請を行い、プログラムを構築しサービスの提供を開始していったのである。

 ■PCMの特徴

 右に述べたPCMの歴史はそのままPCMの特徴の一端を表しているが、それに加えて、他のリスクリダクション活動と異にする点を中心にここでまとめておくことにする。

  1. クライアントの正式な参加意志の表明
    専門性の高い継続的なプログラムへ、クライアントが自主性を持って参加するということが基盤となる。ワークショップへの参加や、アウトリーチでの協力とは基本的には異なる、クライアント側からのもっと積極的な参加の姿勢が要求される。
  2. クライアントとケースマネジャーの関係性
    プリベンションプランの構築、問題解決への努力、カウンセリング、紹介サービスなどの諸々の活動の実践基盤となるプロフェッショナルな関係性を構築していく必要がある。
  3. 一対一のカウセリング
    行動変容プロセスにおける特定の目標に焦点を当てたカウンセリングが、継続的に提供される。
  4. 専門的スキル
    アセスメント、プリベンションプランの構築、リスク低減のためのカウンセリングなどにおいて、サービス提供側に専門的な知識及びスキルが必要とされる。

 ■PCMの目的

 これまで、PCMの歴史や特徴などについて述べてきたが、ここでプリベンション・ケースマネジメントの目的について説明を加えることにする。
 PCMの基本的な目的は、複雑化が進む社会資源へクライアントがアクセスできるようになるため、専門的な知識やコネクションを通しての支援を提供し、また心理社会的な介入を通して、クライアントが必要なサービスを活用することによって、自分自身の健康性を向上させるための、問題解決能力をより強くしていくように、支援を提供することである。これらは、通常一般的な意味におけるケースマネジメントと同じものである。
 それでは、HIV予防のためのPCMに独自のものとしては、どういった目的が考えられるのだろうか。次の二点をあげることができる。

  1. HIV感染のリスク行為自体の明確化と、そのリスク行為に影響を及ぼす医療・心理社会的なニーズの明確化を図ること。
  2. リスク低減を目的とした具体的な行動変容を達成するため、クライアントを中心に据えた予防行動計画(プリベンションプラン)の作成やその実践への支援提供すること。

 ここには、かなりはっきりと「行動変容」というものが打ち出されている。セックスという行為によって感染する、HIVやSTD(性感染症)をまずしっかりと見据える。そしてその行為をより安全なものにするため、クライアントを主体とした行動変容への、継続的かつ段階的な支援を提供しようとすること、これがPCMの本来の目的なのである。
 それでは、具体的な目標は、ということになる。CDCは次の点をPCMのゴールとしてガイダンスの中に提示している。

  1. HIV感染リスクを低減するため、複雑かつ複合的なニーズを持つクライアントに、その特性にあった支援を提供すること。
  2. HIV新規感染や感染拡大予防に必要とされている、行動変容の開始や維持をサポートするために、クライアントに特化された、複数回のカウンセリングを提供すること。
  3. HIV以外のSTD感染リスクのアセスメントを提供し、適切な診断や充分な治療を確保すること。
  4. クライアントは、健康全般やHIVリスク行為を変容しようとする力を持っており、その力に影響を及ぼしうる医療や心理社会的なニーズと取り組むため、諸サービスへの紹介を推進すること。
  5. HIV感染者やエイズ患者の持つ、二次感染予防のニーズへの紹介サービスを推進すること。

 ■PCMの実際

 実際のHIVプリベンション・ケースマネジメントはどのようなステップを踏んで提供されるのだろうか。次にその大枠を示す。

1.クライアントのリクルート
 リクルートの方法としては、プログラム自体が広報やアウトリーチを行うものと、関連団体や、医療・行政機関からの紹介が考えられるが、ここで留意しておきたい点がある。それは、プログラムの内容に適したクライアントのリクルートは、プログラム成功の鍵を握る重要な要素だ、ということである。私たちは逆の理論を考えがちである。(こんな事は考えられないかもしれないが)候補者が殺到した場合、そして、経済的・人的に限られた資源でプログラムを運営している場合、クライアントの適合性を見極めるために、二、三回の面談を通して、次の段階であるアセスメント※1を暫定的に行う必要が考えられる。なぜならば、PCMはクライアントからの積極的な参加が条件であり、クライアントの自主的な行動変容への意思や、その能力などが大切な要素となってくるからである。リクルートはこのような見極めも含めて行われるもので、その際、クライアント側の責任や権利について十分に説明を行い、理解を確立しておく必要がある。
 ※1 アセスメント──クライアントに関する情報収集に基づいた事前評価、課題評価。

2.リスクアセスメント
 PCMのサービスを開始するにあたって、クライアントがどのようなリスクを持っているのかを、アセスメントする必要がある。その内容としては、セックスに関することだけではなく、社会資源へのアクセス状況やその力量、友人や家族、同僚といった人間関係の中でクライアントが持っているサポートネットワーク、ドラッグ(薬物)やアルコールの使用、といったものが含まれる。またリスク・アセスメントはサービス提供期間において必要に応じて複数回行われることになるわけだが、その結果や観察は、プログラムの変更や、終結、あるいは中止といった重要なステップや決断に情報を提供することになる。したがってリスクアセスメントには、クライアントからの聞き取りを主体とした質的なものだけではなく、質問票を用いた量的なものも含んでおく必要がある。

3.ニーズアセスメント
 次は、リスクアセスメントを通して明らかになったリスクを低減するためには、何が必要とされているのかを明確にしていこうとする段階である。ここで注意しておきたいことは、明確にしていこうとするニーズは、絶対的なものではなく、クライアントの持つ力量に沿ったものであり、また第三者からのサービスを必要とする場合は、それらのサービスと呼応するものでなければならない。要するに、現時点のクライアントがおかれている社会状況、クライアントが持つ問題解決能力、自己効力感、そういったものを動員していけば、充足することが出来るであろうニーズでなければならない。あくまでもクライアント本位とハームリダクション※2の考えに基づいた、現実的かつ実践可能な具体的なニーズをあげていく必要がある。
 ※2 ハームリダクション──harm reduction。損害の縮小に向かう全ての積極的な変化を良いものと捉える考え。

4.プリベンションプランの開発
 さて次は、プリベンションプラン(行動計画)を構築していく段階である。このプランは随時変更や調整を必要とするものではあるが、クライアントがケースマネジャーと共に取り組んでいく活動に、一つの枠を提供しようとするものであるため、できるだけ具体的な目標と、達成期限・期間などを明示したものでなければならない。また、チャレンジングな目標を長期目標として設定し、その実現のための段階的な複数目標を短期目標と設定することで、達成に向けての筋道を示すことも可能であろう。プリベンションプランは、クライアントと共に作成し、最終的にクライアントの同意を得ておく必要がある。

5.サービスの提供
 PCMにおけるサービスの提供は、採択されたプリベンションプランに沿って、クライアント本位のリスク低減カウンセリングを通して行われることになる。クライアントの持つ個別性への対応を保持しながら、プリベンションプランの達成に焦点を当て、様々な戦略の模索やその実践を試みようとするのである。ケースマネジャーは、クライアントの行動変容の段階をにらみつつ、クライアントの持つ知識や情報、自分の弱点やリスクへの自己認識、行動変容への意思、自己効力感、スキルのレベル、阻害要因となっている社会環境、再発や逆戻り、などに働きかける予防介入的なカウンセリングを提供していくのである。

6.サービスの終結とクロージャー
 プリベンション・ケースマネジメントは、制限された時間内に提供されるものである。したがって、サービスの終結は必須である。PCMはその開始において、すでに終結を意識しており、この区切りの中で、クライアントとケースマネジャーは、問題の明確化を図り、解決のための計画を立て、その実践に取り組んでいくわけである。そして二人の間で妥当とされるレベルでの問題解決の達成が認識されたときに、そのサービスは終結する。そのタイミングは、クライアントとケースマネジャーの間で決定されるものであるが、その指針となるのは、プリベンションプランの達成の如何と、そこに構築されたクライアントの行動変容の安定性、あるいは必要なリソースへのアクセスや利用状況などが考えられる。

 ■PCMの可能性

 今、日本では予防介入の必要性が、行政や医療機関、そしてNGOの間で、これまでになく明確に認識されてきている。特にMSM(Men who have Sex with Men=男性とセックスする男性)に対する予防介入の必要性は、厚生労働省がその検討委員会を発足させるなど、緊急性を持って提示されてきている。こういった中で、予防介入の方法論を、いそいで開発していかなければならないわけであるが、その過程において、アメリカですでに開発されたものを、モデルとして活用することにより、時間的な節約が可能となるのではないだろうか。実際、HIV抗体検査前後のカウンセリング(相談)は、様々な団体やプロジェクトで、しだいに受け入れられ、日本の状況にあったものが構築されつつある。
 PCMは、こういった状況の中で、予防介入策に一つの幅を持たせ得る有効な手段になりうる。確かに、一人のクライアントに一人のケースマネジャーがつき、半年(あるいは一年)といった、長い時間軸の中で、複数回のカウンセリングのセッションを持ちながら、一つ一つ問題を解決していこうとする方法は、費用効果性が高いとは言い難い。(実際このことを理由として、アメリカではPCMが活発に行われているということはなくなってきている)
 また、これまで解説してきたように、プリベンション・ケースマネジャーには、高い水準の専門的なスキルと知識が要求されることになる。
 こういったハンディを持ちながらも、PCMは日本に適している予防介入方法ではないかと考えている。理由はPCMの持つマイノリティー性への順応力である。今日本において、それ自体の持つマイノリティー性がゆえに、HIVやエイズについておおっぴらには話が出来ないという状況がまだある。またMSMの場合であれば、そこにセクシャル・マイノリティー性が、外国人であれば人種的なマイノリティー性が、CSW(Commercial Sex Worker=セックスワーカー)であれば、社会的なマイノリティー性が、女性であればジェンダーのマイノリティー性がダブってくる。こういった二重三重になったマイノリティー性にも、PCMの持つ、一対一であること、継続的なサービスであり、クライアント個人に特化した介入であること、といった特性を活かしていけば、HIV感染予防という大きな目標へと切り込んでいくことができるのではないかと思うのである。

 ■最後に

 PCMには専門的なレベルでのスキルや知識が必要ではあるが、そこに専門家を配置するだけの社会整備はまだまだであろう。そうすると専門家ではなく、専門家に準ずるパラプロフエッショナルを育成し、その登用でPCMの実現を目指していかなければならないことになる。これはチャレンジングなことである。しかし、考えてみるとアメリカを始め世界各地で繰り広げられているHIV感染予防活動は、その規模の違いはあるが、こういった挑戦を乗り越えてきているのではないだろうか。そしてそこには、専門性の獲得に要する時間と、HIV感染の時間的な逼迫性との折り合いをつけようとする視点が、必ず存在していた。ハームリダクションの考え方は、ここにも活かされている。
 今回の研修には、臨床心理士、産業カウンセラー、ソーシャルワーカー、看護師といった専門職が指導陣として参加した。そしてそれぞれの専門的知識やスキルあるいは経験を活かして、PCMという枠をきちんと設定した領域における専門家の養成を試みたわけである。こういった動きは、これからのHIV感染予防介入活動に不可欠なものである。そして、今回の研修の延長として、実際のPCMサービスの導入と、さらなる研修のプロジェクトが計画されている。エキサイティングな展開を見せることになるであろう。
 企画運営を担当したLAPとその資金を提供していただいた社会福祉・医療事業団に、心から感謝の意を表したい。ありがとうございました。

[文責:鬼塚直樹]

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