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講座7
HIV陽性者を対象とした研究
講師:埼玉県立大学保健医療福祉学部健康開発学科 講師 若林 チヒロ 氏 (2006.12)

はじめに

 今日はHIV陽性者を対象とした研究、という大きなテーマをいただきました。日本のHIV研究、陽性者を対象とした研究について、どういうものがあるかというのをざっくりと、つかんでいただけたらと思います。一人ひとり関心のあるテーマも違うと思うので、どうやってレビューするか(おおよその内容をつかむか)という方法についても簡単にお話ししたいと思います。
 もう一つ、研究を見る視点についてお話ししようと思います。世の中、研究っていっぱいあるんですけども、保健とか医療、福祉の分野の研究ってちょっと特色があるんですね。中でもHIV関係の研究の特徴みたいなところもあるので、私が知っている限りで少しお話しします。調査研究の例や、その意義と危うさという点についても触れたいと思います。

どうして研究や調査が行われているのか
 アンケート調査に回答したことがあるという方は多いのではないかと思います。調査する側に回ったことのある方ってどれくらいいますか? 学校や職場でもいいんですけども。何人かいらっしゃいますね。
 皆さんはピアサポートをされようとされているんだと思うんですね。ピアのサポートって様々なものがあると思うんですが、例えば1対1でサポートしますっていう時には、いろいろとお話ししたりする中で相手の方のことを理解することができると思うんですけど、これが1人対20人とか100人とかになってきた時には、その集団のことを理解していくってことがなかなかできないと思うんですね。そういった時に、皆さんがされようとされているサポート活動の相手の方を理解するためにはやはり調査をしたり研究したりってことが必要になるかなと思います。
 たとえば、陽性者の状況やどんなことを何を考えているのか知りたいという時にはアンケート調査が使えます。私は2004年度の「HIV感染症の医療体制の整備に関する研究(主任研究者:木村哲)」の中で、HIV陽性者の療養生活と就労に関する調査研究をやらせていただいたのですが、この時には北海道、東京、大阪、九州の医療機関に通院されている566名の陽性者の方から回答をいただきました。アンケート調査という手法がなければとてもできなかったと思います。
 効果を評価するための調査もあります。ピアカウンセリングを皆さんがするとして、そういう事業にどんな効果があるのか。パンフレットを作って病院で患者さんに渡したけど、本当にそのパンフレットは意味があるのか、何か相手に効果があったのか。そういったことを調べる時には介入研究が必要になってきます。
 実態を知りたいっていう時だけではなく、何か事業をされたいという時にも、実施後の評価をしていく際などに調査が役立ちます。助成金をもらってピアサポーター事業をしたいという時に、まず、こんな感じでやりましょうと事業案を作って、それで実際にやりました。じゃあこの事業を評価しましょうという時にも、調査したり研究したりっていうことが役立ちます。
 何が言いたいかといいますと、今日は皆さんに、どちらかというと調査や研究をされる側ではなく、調査や研究をする側の立場という意識で聞いていただけると嬉しいなと。そう思っています。

「HIV陽性者の療養生活と就労に関する調査研究」報告書
http://www.aids-chushi.or.jp/c6/Shuurou.htm

第20回日本エイズ学会から

陽性者関連のセッション
ライフ・エイズ・プロジェクト(LAP)「ピアサポーター養成研修会講義録」スライド  なんとなく、研究とか学会って研究者や医者のものっていう意識もあるかと思うんですけど、昨日まで開催されていたエイズ学会に行かれた方いらっしゃいます? 私も行ったんですけど。結構いらっしゃいますね。
 エイズ学会は非常にめずらしい学会だと私は思うんですが、当事者の方、陽性者の方がすごい発言されますよね。セッションにもよると思うんですけど、もう、ものすごく発言が多い。研究者や医療者が気付かない視点を陽性者がバンバン言うので、全く違う見方に気付く機会になるし、そこで修正されていくというダイナミズムがものすごいあると思います。エイズ学会は今までお医者さんや大学の教授が学会長をやっていたんですが、今年はぷれいす東京の池上千寿子さんがNGOで初めて学会長をされた。それも非常にめずらしいことです。医学系の学会ではありえないことです。
 昨日までの3日間にどんなセッションがあったかなんですが、陽性者に関係しそうなものを拾ってみました。
 上から二つは治療、それから医療体制、病院体制ですね。これはやっぱり一番多い。たとえばこの薬を飲めばこういう効果があるとか、この薬を飲んで副作用がこう出たとか、日本では数が少ないのであまり大きな規模では研究ができないんですけども、うちの病院ではこうでしたという話が出てきますね。
 続いて、ダーッと並べてますが、母子感染、在宅療養、メンタルサポート、カウンセリング、陽性者支援、いろいろなものがあります。セクシュアルヘルスは性的健康って訳してますけど、性行動とか性の健康についての研究です。男性同性間の感染、陽性者の高齢化問題、あと在日外国人の医療、妊娠・出産・育児といった母子の研究、そして医療費の問題ですね。少し視点は変わるんですけど予防啓発とか検査受診、ゲイ男性の生育歴というセッションもありました。

陽性者研究で本来ありそうなもの

ライフ・エイズ・プロジェクト(LAP)「ピアサポーター養成研修会講義録」スライド  エイズ学会でのセッションをご紹介したんですけども、陽性者研究で本来ありそうかなと私が考えたテーマがこちらです。他の病気を持っている方の調査だとあるかなと思うものを挙げてみました。
 治療法や陽性者へのサービス調査っていうのは今回の学会でもいくつかあったと思うんですけど、看護サービスやソーシャルワーク、カウンセリングをどう提供するかといった医療や福祉サービスのニーズとその効果評価ですね。
 それから陽性者の生活、QOL(生活の質)系というのがもう一つ分類されるかなと思うんです。身体活動やメンタルヘルスはどうかとか、社会活動がどうなっているか、就労とか経済、身体障害者手帳などの制度利用、偏見、告知、セックスのこと。こういう陽性者の生活やQOLに関する発表が今回は少なかった印象があるのですが、課題としてはあるわけです。
 あと感染予防ですね。これは感染していない人の感染予防の話ではなくて、陽性者の性を扱った研究で、これまではあまりなかったかなと思うのですが、今年の学会で発表されていました。

疫学、政策、社会の反応
 大切だけど今回の学会であまり見あたらなかったのが、たとえば疫学調査です。疫学って何をやるかというと、日本でどういう健康状態のHIVの陽性者の人がどれくらいいるか、男性でどれくらいいるか、女性でどれくらいいるか、どういう地域にどれくらいいるかといった推移や動向を見る、さらに今までの経過だけじゃなくて今後どれくらい増えていくかといった予測もやるんですね。疫学は年齢とか性別などの基礎情報や、病気の状態なども含めて分析していく非常に重要な分野なんです。こういうのがあって初めて、どれくらいの規模の医療機関を置けばいいかとか、どれくらいの医療スタッフが必要かといった需要が分かるし、サービスを整備していく基礎データにもなる。非常に大切なんですけども、これがあまりなかった。
 あとは政策系。政策系も日本の学会では少ないと思います。医療費はたとえば、HIV陽性者の人が今後、増えた時に医療費が何十億とかかるんですよっていうような話。エイズ対策はいろいろされていますけども、それが実際いいのかどうかっていうエイズ対策の政策評価も少ないなという気がします。
 陽性者研究とは少しずれるんですが、社会の反応とか周囲が陽性者をどう見るかっていう類の研究も少ないなっていう気がしました。これはすごい大切なんじゃないかなと私は見ているんです。市民、医療者、家族、職場で陽性者の人がどう見られているかっていう研究がもっとあってもいいと思います。
 何でかというと、私は以前、就労調査をやらせていただいたんですけども、HIV陽性者の人が働きにくい部分があるっていうことをおっしゃってる方が多いんですね。それは別に陽性者自身に何か問題があるっていうような話ではなくて、むしろその陽性者の周りにいる人たちのこの病気に対する見方に偏りがあるから陽性者の人が働きにくいと言っているんですね。そういう就労環境を考える時に、陽性者をどうにかしようとするのではなくて、むしろ職場環境を整えるとか、周りのものの見方を整えていくということがずっと大切になるので、こういった研究はけっこう意義があるんじゃないかなと個人的には思っています。例を一つお見せしたいと思います。

HIV関連の研究

45%の人が職場で一緒に働くのは好ましくないと回答
 総務省が2000年に行った世論調査なんですが、「『エイズ患者やエイズの原因となるウイルスの感染者に対する社会的偏見や差別があってはならない』という見方に、あたなは同感しますか、それとも同感しませんか」という質問がありました。同感するが53.6%、どちらかといえば同感するが30.5%で、年齢が高くなるほど同感する人の割合が減ってくるという結果になっています。
 次のグラフは「仮にあなたの職場でエイズ患者やエイズの原因となるウイルスの感染者が一緒に働くことについて、あたなはどう思いますか」という質問の回答結果なんですが、好ましいと答えた方が10.9%、どちらかといえば好ましいが28.7%で、合わせて40%ぐらいなんですね。好ましくない10.4%、どちらかといえば好ましくない34.9%、合わせて45%ぐらいいでした。どう思われます? 私は好ましくないと答えた方があまりにも多いなと思ったんですけども。年齢が高くなるにつれて好ましくないと答えた方が多くなる傾向がありました。
 気分が悪くなる調査かもしれませんけれども、こういうことが世論調査で明らかになれば、これはやっぱり、もっと社会的な啓発が必要なんじゃないですかって訴えるための資料になると思うんですね。今は昔みたいに恐怖心とかみんな持ってないよとか、差別意識なんかないよって、エイズ対策に消極的な人もいるんじゃないかなと思うんですけども、じゃあ実際にどうなのって、本当に差別意識はないのって、こうやって世論調査の数値で示した時に、インパクトがあると思うんですね。きちんとしたサンプルを取ったちゃんとした調査じゃないと駄目なんですけども、こうした結果を見せることで、もっときちんと職場ないしは学校で啓発しなきゃいけないんじゃない? って訴えることができる。調査が対策を訴える道具になるんじゃないかなと思っています。
 後でまたお話ししたいと思いますが、調査をする時に、ワーディングと言うんですが、どういう言葉遣いでたずねるかによって結果が違ってきます。だから調査票を作る時に、どういう言葉遣いをするかっていうのがとても重要です。そこはやっぱり慎重にやっていく必要があります。拒否反応が出てしまっても良くないですし、誰が見てもニュートラルに、中立的に聞いているなっていう調査の方が社会には訴えられる。調査研究の能力みたいなものをブラッシュアップして、磨いていく必要があるのかなって思います。
 この世論調査は2000年のものなんですけども、定期的に、たとえば2005年、2010年と続けて聞いていくことによって、その変化を見るという使い方もできます。

世論調査報告概要 平成12年12月調査
「エイズに関する世論調査」
http://www8.cao.go.jp/survey/h12/h12-aids/

研究費はどこから出ているか
 話を変えまして、HIV関連の研究費はどこから出ているか。私が知っている範囲のものなのでもっとあるかもしれませんが、大きいところでは厚生労働科学研究というのがあります。これは厚生労働省が持っている研究費です。病院のお医者さんとか研究者が多いんですけど、HIV関連の場合にはNGOの方も入っています。厚生労働科学研究の中では珍しいと思います。文部科学省研究というのもあるのですが、これは研究者中心です。厚生労働省は政策に活かしていかなきゃいけないというところもあるので、研究費といっても政策の実践といった意味合いも含まれているのかなと思います。
 民間の助成研究として、トヨタとか三菱など大手の会社が行っているものもあります。患者団体が助成している場合もあります。製薬会社っていうのもあります。個人的には製薬会社から助成を受ける時にはやっぱり気を付けた方がいいかなとも思います。社会科学的なものはどうかわかりませんけど、薬の研究などではバイアスかかってんじゃないのとか都合のいい結果になってるじゃないのといった見られ方をされることもあります。

HIV関連研究のレビューの方法
 研究のレビューをどうやるかっていう話なんですが、インターネットから取り出せるものも多いです。厚生労働科学研究はネットで一部公開しています。年度末に出る報告書は大きい図書館や医療系の大学とかに行けばあると思います。文部科学省研究もネット検索ができます。
 論文についてですが、日本語の論文だったら医学中央雑誌という検索エンジンがあります。海外だったらPubmedやMEDLINEがあります。無料でアクセスできるのはPub medです。MEDLINEは医学部の図書館などで使えます。私がいる埼玉県立大学では県民だったら誰でも使える形でオープンにしています。市民の人が地域の大学の図書館を使えるようにしている大学も増えてきていると思います。
 インターネットに載っていない報告書は発行元の研究者に問い合わせるという方法もあります。一般に公開していないものも医学部図書館などに置いてあることもあります。

厚生労働科学研究成果データベース
http://mhlw-grants.niph.go.jp/
科学研究費補助金データベース
http://seika.nii.ac.jp/
医学中央雑誌
http://www.jamas.gr.jp/
Pubmed
http://www.pubmed.gov/

HIV感染症の医療体制の整備に関する研究
 厚生労働科学研究の一つとして「HIV感染症の医療体制の整備に関する研究」でどんなことをやっているかをスライドにしました。2004年度のものですが、ACCとエイズブロック拠点病院のあり方に関する研究ですとか、歯科医療、療養継続への支援システム、カウンセリング体制の充実強化、地域生活支援におけるソーシャルワークといった研究がされています。

HIV感染症の医療体制の整備に関する研究 平成16年度報告書
http://www.acc.go.jp/kenkyu/hiyorimi/hiyo_menu4.htm

専門職が選ぶテーマと、HIV陽性者が選ぶテーマ
ライフ・エイズ・プロジェクト(LAP)「ピアサポーター養成研修会講義録」スライド  以前と比べて、どんな研究がされているかを検索することは楽になりました。一方で、何が難しいって、どんなテーマで検索するか、何をテーマにして研究するかなんですね。自分にとって知りたいテーマとは何か、私が大切だと思うテーマは何か、取り組みたいテーマは何かっていうところをじっくり考えるっていうところが難しいと思います。
 専門職が選ぶテーマと、HIV陽性者が選ぶテーマにはギャップがあります。専門職が選ぶテーマで多いのは「ニーズ調査」と「サービス評価」です。ニーズ調査というのは陽性者には何が必要かというようなことを調べる調査です。場合によっては専門職から見た、あなたたち陽性者にはこれは必要なのよっていう視点だったりすることもあるんですが。サービス評価というのは自分たちの提供している医療サービスとか福祉サービスがどれくらい効果があるかっていう評価をすることです。
 それから、専門職の研究ってやっぱり流行もあるんだなと思いながら今年のエイズ学会を私は見ていました。たとえば今年は在宅療養とか高齢化に関するものが急に増えていますね。世の中で高齢化の問題が大きくなっているとか、在宅の医療の問題が大きくなっている影響もあるのかなと思います。もちろんHIVの方でも当然そういう問題が大きくなっているので、視点を当てることは大切だと思います。
 専門職が選ぶテーマと陽性者が選ぶテーマを具体的に少し、学会の抄録から拾ってみました。分かる範囲でこれは専門職の人だなっていうのと、陽性者ないしはNGO関係の人がやってる発表かなっていうので拾いました。
 専門職の側では、HIV陽性者の高齢化問題、HIV患者の在宅療養の課題、妊婦HIV検査陽性への対応の問題点といったように、問題とか課題、支援っていう視点が多いのかなと思います。陽性者やNGO関連の方が発表されているテーマは、たとえばセルフマネジメントの可能性。セルフマネジメントっていうのは新しく最近でてきた自分で自分の病気を管理するという視点です。それから、ピア・サポートの取り組み、HIV陽性者スピーカーの育成、わたしたちの妊娠・出産・育児治療の長期化とHIV陽性者の性行動理解。テーマを並べただけで、やっぱり視点が違うなっていう感じがします。こういう視点が入っていっているのはすごく意味があると思います。

陽性者の性行動に関連する発表
ライフ・エイズ・プロジェクト(LAP)「ピアサポーター養成研修会講義録」スライド  性行動に関する話もしてくださいって主催者から言われてまして、私は詳しくないんですが、今年の学会で何が出ていたかをスライドにまとめてみました。
 「HIV感染者のセクシュアルヘルス支援のための介入プログラム実施後の評価検討」、これは井上洋士さん、村上未知子さんたちがされているものなんですけども、セクシュアルヘルス支援のためのパンフレットを医療従事者向けと患者向けに作って、拠点病院に配るという介入プログラムを実施して、その評価検討をしているんですね。これはHIV陽性者の人のセックスライフを考えるという視点からの研究だと思います。
 もう一つは「薬害HIV感染被害者(生存患者および家族)への質問調査」です。2006年10月に「薬害HIV感染患者とその家族への質問紙調査報告書〜薬害HIV感染被害を受けた患者とその家族のいま〜」という報告書もでたのですが、この中に性のことについても聞いている項目があります。回答者の45.5%が現在配偶者やパートナー、恋人がいると回答しているんですが、23%が今まで一度もいたことがないと答えています。20代に限ると33.3%が今まで一度もいたことがないと答えています。HIV感染が原因の恋愛や結婚における困難な経験として「HIV感染が理由で恋愛関係に踏み切れなかった」、「相手にHIV感染をいつどのように伝えるか悩んだ」などが挙げられています。
 配偶者がいない人に、恋愛や結婚を望んでいますかと聞いたところ、恋愛も結婚も望まないと答えてる方が23%、今まで一度もいたことがない人では35.6%という数字が出ています。HIV感染が原因の恋愛や結婚における困難な経験としては、相手に感染をいつどのように伝えるか悩んだ経験がある人が47.1%、HIV感染が理由で恋愛関係に踏み切れなかった経験がある人が23.3%です。
 この調査の対象は薬害被害者の方ですが、HIVに感染することによって恋愛や結婚、性について大きな影響を受けていることが浮き彫りになっています。なかなか聞きづらいテーマなんですけど、この調査は研究者と当事者と一緒に作っているんですね。だからこそ可能だったと思います。調査項目もそうとう練って、当事者の人からこれじゃ聞かれたくないとか、こんな言い方されたくないとかっていう意見を交えて作り上げた調査なんですね。
 この調査の視点は、性行動や恋愛は陽性者の生活や人生の質(QOL)にとても大切な要素だということ、そして、結婚や子どもを持つことは人生設計とか生活設計に関わる、人間が生きる上でとても大切なことなので、それがHIV感染によってどう影響を受けているかを知りたい、という視点なんですね。一方、陽性者の人でコンドームなしでセックスしている方がいるとか、うつるはずのない感染症をもらってくる人がいるとか、そういう人が少なからずいるんだから、陽性者の性感染症予防にもっと取り組まなきゃいけないという意見も専門家にはあるでしょう。
 性生活の支援を考えた時に、何のためにそれを聞くのかっていうのが立場によって違うんですよね。性行動の調査、性生活の支援はとても難しいテーマでもあるので、いろいろな立場の人がよく議論していくのが大事なのかなと思います。性生活の支援といったときに、誰が何を支援するのか、それこそ何のための支援なのか。感染予防のため、もちろんそれも大切ですけども、人生の質、人生設計という視点が非常に大切なんだっていうことを、違う立場の人にきちんと理解してもらっていくというのもすごく大切なところだと思います。

当事者参加型リサーチ

ライフ・エイズ・プロジェクト(LAP)「ピアサポーター養成研修会講義録」スライド
ライフ・エイズ・プロジェクト(LAP)「ピアサポーター養成研修会講義録」スライド

 参加型リサーチっていう方法がありまして、薬害HIV感染被害者への調査もこの方法で行われました。Participatory researchとかParticipatory action researchというんですけど、陽性者、当事者と研究者ないしは活動家が共同で調査を実施するという方法です。研究っていうのは研究者や専門家だけがやるもので、患者さんは対象者だっていう考えもあるんですけど、当事者参加型リサーチの場合は共同でやります。一緒にやることによって、当事者の考えや期待が調査に盛り込まれやすくなるし、ソーシャルアクション、社会への働きかけにも繋げやすいというメリットがあるんですね。

参加型リサーチの調査プロセス別メリット
 参加型リサーチの調査のプロセス別メリットですが、それこそ、調査する時のテーマ設定、調査票作りから、当事者の意向や期待を盛り込めますし、お互いの認識とか立場に対しても理解できる。この言葉はおかしいんじゃないですかとか、偏った見方の修正、答えやすい質問作りができます。一緒に調査をするっていうのはすごく意味がある。
 実施の段階では、回収率はどうやれば上がるかといったことについても当事者ならではの視点が欠かせません。また、専門家の調査のノウハウを使うことができるといった点で当事者の方にとってもメリットがあるんですね。
 集計、分析、全ての段階でずっと関わっていく。最終的な報告書作りでも、結果をどう解釈するか、それをどういう形で表現するかっていうような、文章の添削もしてもらうんですね。そうすることによって陽性者の人がただ対象として研究されたというのではなくて、ちゃんと意見が盛り込まれるようなシステムが取れるということです。この方法は保健医療福祉系の研究ではよく使われています。

参加型リサーチを行うポイント
 当事者参加型の研究をしていく場合、たとえば患者団体や患者会で、個人でもいいんですがやりたいと思った時には、まずは研究者をよく選ぶことがポイントです。この人ならちゃんとやってくれそうだという人、やっぱり、人柄とかも大切ですし、専門性もあって、かつ根底のところでこの人となら、今は理解できなくても議論を重ねれば理解できるんじゃないかって思える人を選び抜くこと。時間はかかるけれども議論していくプロセスを重ねることや忍耐強さも必要だと思います。
 薬害の調査の時に当事者の方と喧嘩のような議論もしました。でも、やっぱりいいものを作ろうっていう、最終的にはやっぱりこれを世に出したい、いい研究にしたいっていう思いだけは双方ブレが無いのでやっていける。そう思いました。

研究の視点の変化

成長やプラス面に着眼する
ライフ・エイズ・プロジェクト(LAP)「ピアサポーター養成研修会講義録」スライド
ライフ・エイズ・プロジェクト(LAP)「ピアサポーター養成研修会講義録」スライド
ライフ・エイズ・プロジェクト(LAP)「ピアサポーター養成研修会講義録」スライド

 続いて、研究の視点の変化についてです。いろいろな視点の転換が起きています。
 先ほどお示ししたエイズ学会での専門職の発表のリストでは問題、課題、管理といった視点が多かったですよね。医療の分野って基本的に、病気の原因、病理を見つけて、対処、治療するというのが仕事ですよね。だから、何か悪いところ、問題を探して、それをどう治せばいいか、そういう病理的アプローチが基本にあったりします。これを社会生活にもやってしまいがちなんですね。もしくはこれまでやってしまいがちだったんです。もちろん医療だけではなくて、社会科学系の調査でも、どこに問題があるか、それにはどう対処すればいいかっていう調査が多く見られます。
 たとえばストレス調査なんかもそうで、こういう人で抑うつ度が高いとか、こういう人はストレスが高いとか、そういう原因を明らかにして、じゃあこれにどう対応すればいいか。カウンセリングが必要じゃないかとか、こういうサポートが必要じゃないかみたいな流れでやるわけです。私はもともとは保健医療の分野ではないので、違和感がすごくあったんです。メンタルヘルスって心の健康ですよね。なのに、問題、課題、原因はこれじゃないかなんて話が多い。
 陽性者の方と実際に接していると、やっぱり人にはいろいろな人がいて、中には病気を持ったことですごくこう、なんていうのかな、この人本当にまだ20歳そこそこ? って思うくらいの物の見方をするとか、人との接し方をするとか、クールな感覚を持っているとか、きっとこういう病気を持って生きてきたからこそ、こういう配慮ができるんだろうなっていうような、なかなかよそでは会わない人に会うじゃないですか。そういう人も多くいるので、「問題」だけに視点をあてることにはすごく違和感があったんです。
 世の中には同じように感じている人もいるんですね。研究の中でも病体験による抑うつなどのマイナス面、「問題」ではなくて、本来その人が持っている強さだとか成長した部分とかプラスの側面に着眼する研究が増えてきています。こういう形での視点の転換っていうのが起きています。
 キーワードとしてはストレングス、エンパワーメント、レジリアンス(回復)といったものが挙げられます。

ストレングス
 ストレングスという概念は、私が調べた限りでは1960年代のアメリカの公民権運動、黒人の解放運動が契機になって広まったようです。Black is Beautiful、黒人にも権利があるっていう運動から流れて、患者の自己決定とかインフォームドコンセントとか、医療の分野を含め、いろいろな変化のベースになっていきます。昔は専門家が治療方法とか全部、決めてたんですよね。でも、そうじゃなくて当事者が決めるんだっていう、当事者性がすごく強くなった時代です。この影響を受けて80年代後半ぐらいから人の強さ、ストレングスに着眼しようという流れがアメリカで出てきたそうです。専門職側が問題や悪いところを見つけて対処するという病理的アプローチに対する批判が出てきたんですね。
 病気の部分に着眼する医学モデルじゃなくて、日々の生活とか人生全般に着眼する生活モデルに転換していく流れと共通するものじゃないかなと思っています。
 定義は後で読んでおいていただければと思います。

「薬害HIV感染以降今までに得たもの」
 先ほどご紹介した薬害調査では「薬害HIV感染以降今までの変化についてたずねたところ、全ての項目で2割から4割の回答者が得たものがあると答えており、自分自身の成長や新しい人生観の獲得、周囲の人との関係の強まりなどを感じていた」という結果がでています。
 報告書には解説として「トラウマティックな経験や逆境は経験した人にPTSDや抑うつなどの負の影響をもたらす一方で、自分自身の成長や他者との関係の変化、価値観の変化など、『得たものがあると感じられること』(正の影響)をもたらすことが知られている。このような正の影響はPerceived Benefitとよばれ、類似概念であるPost Traumatic Growth、Stress Related Growth、Perceived Positive Changeなどとともに近年注目されている概念である。トラウマティックな経験や逆境の影響を包括的に把握するためには、負の影響だけでなく正の影響への着眼も必要であり、この正の影響に着眼することにより、将来、治療やトラウマの克服に役立たせることができると期待されている」(溝田友里)と書かれています。
 実際に調査ではどのように聞いているかといいますと、「HIV被害を受けてから今までに、あなたの精神的な強さは」という質問で、回答が「強くなった」14.2%、「どちらかといえば強くなった」22.1%、「どちらとも言えない」44.7%、「どちらかと言えば弱くなった」11.1%、「弱くなった」7.9%でした。このほか、「人生を乗り越えていく自信は」「新しい生きがいや人生の楽しみは」「人や社会のために役に立ちたいという思いは」「物事に対する考えは」といった質問が並んでいます。
 否定的に捉えている方がいる一方で、ポジティブに捉えている方もいることが分かるかなと思います。
 どうしても数だけだと無味乾燥な感じにもなるんですけども、自由記述とあわせて読むと、数字の読み取りなんかにも深みが出るかなと思います。
 このように、ネガティブな側面ばかりに視点を当てるんじゃなくて、ポジティブな側面にも視点を当てていくというのはすごく重要だと思います。日本ではまだHIV関係でこの視点がそんなには出てないんですけども、たぶん今後は増えると思っています。

研究の意義と危うさ

事実を知らせ、視点を示す
ライフ・エイズ・プロジェクト(LAP)「ピアサポーター養成研修会講義録」スライド  最後に少しだけ研究の意義と危うさという話をしたいと思います。
 研究の意義の一つは、事実を知らせることができること。個人の思い込みではなく、客観的に実態を示すことができることです。さきほどの自由記述やインタビュー調査などでの「語り」も大切ですし、数字で表すことのインパクトも大きいと思います。
 二つめは現状をどう見るかの視点を示せること。同じ調査でも、問題として切り取るのか、プラスとして切り取るのかっていう、切り取り方とその示し方で全然意味が違ってきます。HIV陽性者はこういう人たちだというような人間像みたいなものをこれまでの認識とは違う視点で、違う切り口を持って示すこともできます。現状をどう見るかの視点を示すことは新しい価値観を示すことでもあります。
 事実を知らせ、視点を示すことで、意味のある対策に結びつけることができる。これは研究の意義だと思います。

ブースの貧困調査
 社会調査の基本と言われているブースの貧困調査があります。1886年からロンドン市民の経済状態を調査したものです。産業革命で都市部にたくさんの人口が集まってきて、貧しい人がいっぱい増えた時に、あいつらは怠惰だから、飲んべえだから貧困なんだって思われていたんです。で、ある新聞記者が調査をしたら、実は貧困の原因は飲んべえだとか怠惰だとかいうことではなくて、個人の責任じゃなくて、労働上の問題や疾病とか大家族による問題であるということが分かったんです。個人の責任じゃなくて社会環境の問題なんだよということを数字で示したんですね。これがきっかけになってロンドンの貧困対策が始まったという有名な調査です。
 今ある状態を調べ、それをどういう視点で捉えるか、どうやって示すかということによって大きなインパクトをもたらして、新しい対策にも結びつくという一つの例だと思います。

研究の危うさ
 研究の危うさですが、怪しい研究はたくさんあります。たとえば医療サービスの患者満足度調査などで、医師が自分の患者を対象に調査して95%が医療サービスに満足だったとか、こういうの絶対怪しいと思うんですね。医師が自分の患者に調査すれば患者さんは悪いこと書きませんよね。調査時期にも気をつけないといけない場合があります。たとえば高齢者の社会活動について1月に青森と沖縄で調査しました。青森は雪だらけですからね、沖縄とは同じ日本でもぜんぜん違う。回収率も見ておく必要があります。たとえば30%の回収率だと、学術調査としてはほとんど意味ないって言われます。7割の人が何で回答してこないのか、回答してこないっていうのはそれなりの拒否の理由がある、この調査に対する拒否的な反応を持っている集団が回答していないのではないかということで、不適切と見なされることが多いです。データの示し方でも、グラフの描き方一つで同じ数字でも印象は大きく違ってくることがあります。
 研究の危うさから逃れるには、リサーチリテラシーを高めておくというのがとても大切ではないかなと思います。リテラシーというのは読み書き能力という意味がありまして、その分野の知識とか能力のことなんです。
 世の中には怪しい調査がたくさんあって、それを一つずつ叩くことなんか絶対できないので、それをどう読み取るかという能力を自分が身に付けておくことが大切だと思います。行政の調査とか統計とかもいっぱい間違いがあります。研究者の調査でも間違いや無意味なものもたくさんあるので、そういうものにだまされないように自分の目で見抜く能力と力をつけていかれるといいのではないかなと思います。