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HIV検査結果の献血者への通知を考える

草田央 

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 前号で言及した感染症予防法と併行して立法化が検討されているものに、血液事業法(仮称)がある。
 厚生省は有識者による「血液行政の在り方に関する懇談会」を設置し、一昨年(96年)の10月から検討を重ねてきた。そして昨年(97年)12月に、懇談会は法制度の整備が必要とする報告書をまとめるに至った。現在は、厚生省中央薬事審議会企画・制度改正特別部会で法要綱が検討されており、5月にも法案が国会に提出される予定である。
 血液事業の制度改革は、薬害エイズの再発防止策としての本命である。そのことは、世界各国で薬害エイズを契機とした血液事業体制の見直しが行なわれたことからも伺える。しかしながら我が国では、産官学の癒着だとか薬価差や情報公開といった薬害エイズ以前から指摘されてきた問題点ばかりが強調され、薬害エイズによってようやく明らかとされた血液事業の歪みといった固有の問題点に注目が集まらなかったと言えよう。また、謝罪を要求し批判を行なってきた市民運動が、具体的な政策提案への動きへと移行できなかったことも残念でならない。
 昨年12月に出された懇談会報告書も、現状追認の報告書となってしまった。このままでは薬害エイズを発生させた構造を温存させることに、さらにお墨付きを与える立法化となってしまう危惧すらある。
 が、血液事業法の中心テーマである国内自給や血液事業の責任主体といった問題を考えることは、LAPの主旨ではない。ここではエイズと直接関係する献血者への検査結果通知問題を提起することで、議論の入り口としてもらおうと思う。

 ■献血者のHIV陽性率は年々増加の一途

 昨年十二月に出された懇談会の報告書には「検査目的の献血の防止及びHIV検査結果の通知」という項が設けられている。「献血者に対するHIVの検査結果の通知については」「陽性者には原則として検査結果を通知すること」とされたのである。今まで日本では、献血された血液のHIV検査は行なっているものの、検査目的の献血を抑止するため、原則として検査結果を献血者に通知しないとされてきた。いわば、その方針が転換されたことになり、懇談会報告書の内容よりも、このことの方がマスコミに大きく報道されてもいたわけである。
 「検査目的の献血の防止」と「HIV検査結果の通知」は、明らかに矛盾する。懇談会報告書では、HIV検査結果の「通知に際しては、献血者自身が通知を希望していることをあらかじめ確認することが必要である」と述べている。一般にHIV検査では本人の検査意思の確認が重要で、検査後カウンセリングとともに検査前カウンセリングも欠かせないとされているからだ。ところが「献血者自身が通知を希望」しているということは、すなわち「検査目的の献血」と言えないだろうか。懇談会では、検査結果の通知を望む人を検査目的として排除することの有効性を示唆する意見も出されていた。
 検査目的の献血が問題なのは、主に「ウインドウ・ピリオド」の問題があるからだ。HIVに感染しても抗体が発現するまでには日数を要し、感染性があってもHIV検査でチェックできない期間が存在するのである。PCR法など、このチェックできない期間を短縮させようとの研究と導入準備が行なわれているが、今の科学水準では完全に「ウインドウ・ピリオド」を消失させることは不可能である。しかも輸血用血液に関しては、加熱処理や洗浄法などのウイルス不活化処理ができない。つまり現在の日本の輸血でも、百パーセントの安全性は確保されているわけではないということである。我が国の場合、三年間に一例の輸血によるHIV感染が起きてもおかしくないと指摘する専門家もいる。現に昨年五月、この「ウインドウ・ピリオド」での輸血によると初めて確認されたHIV感染事例を厚生省は発表した。
 HIV検査を受けようとの思いが強くなるのは、感染危険行為の直後であることが少なくない。したがって、献血の動機が検査目的であればあるほど「ウインドウ・ピリオド」に該当している可能性が高くなることになる。諸外国では献血者のHIV陽性率は年々低下しているが、逆に我が国では年々増加の一途をたどっている。検査目的の献血が相当数あり、それが排除できていないことは、関係者が認めるところなのである。

 ■輸血される血液の安全性確保のための検査

 それでは、なぜ方針が変更されたのだろうか。検査結果通知の理由を報告書は「陽性者の早期治療、二次感染防止等の重要性にかんがみ」と述べている。今までも日本赤十字社では、検査結果を通知しないことを原則としながら、現実には陽性であった場合、本人に告知してきているという。実際、呼び出されて恫喝されるように告知された例を聞くのは、一人ではない。通知しないことをタテマエとしながら、非公式に告知を行なっている現状よりも、公然と通知を行なった方が告知などの体制整備ができるとの判断が方針転換の理由の一つになっているようだ。
 近年、薬害エイズの和解成立とともに、感染者が告知を受けるメリットは大きくなってきている。以前のように、感染告知を受けても診療拒否にあい、解雇される危険性さえある状況は改善されつつある。拠点病院は徐々に整備されつつあり、身体障害者認定を受ければ簡単に解雇される恐れもなくなるだろう。しかしHIV感染の告知が、その人の人生に重大な影響を及ぼすことに変わりはない。
 日赤が通知をしないことで二次感染が生じた場合、日赤の倫理的・法的責任を指摘する声もある。けれども今まで「原則として通知しない」とされてきたのは、献血された血液のHIV検査が患者に輸血される血液の安全性を確保するための検査であり、献血者のために行なう検査ではないとされてきたためである。それゆえ、いわば献血者の同意なしの『無断検査』が許されてきたと言える。
 感染者が性的関係のある(あった)パートナーへ自ら告知しない場合、第三者がそのパートナーに通知すべきかどうかについても、必ずしもコンセンサスが得られているわけではない。二次感染防止を考えれば「パートナーにも通知すべき」となるだろう。しかし検査の目的を、検査を受けた本人の利益のためと捉えれば、パートナーへの通知は感染者本人がするべき問題で、第三者が介入すべきではないとの見解もある。二次感染防止などの社会防衛的見地から検査を行なってはならないということだ。献血された血液の検査目的は、輸血を受ける患者のためである。そうであるならば、献血者の健康には(それが献血によって生じる健康被害でない限り)介入すべきではないとの考えも成り立ち得るだろう。

 ■諸外国では検査結果の通知を行う方向に

 一方、昨年三月にアメリカの連邦会計検査院(GAO)が出した報告書には「永久に供血できない供血者に対し、その事実と医学的理由を知らせること」という項目が含まれており、検査結果の通知を勧告している。実は、諸外国では血液提供者に対しHIV検査結果の通知を行なう流れとなってきており、このことが日本の方針転換の一つの要因であったことが懇談会の議事録から読み取れる。しかしながら、アメリカをはじめとする諸外国と日本とでは、血液提供の環境が大きく異なることを指摘しておかなければならない。
 まず第一に、アメリカをはじめとする諸外国では、検査目的での血液提供の問題は生じていない。それゆえ、検査結果の通知と血液の安全性確保とは(日本と異なり)矛盾しないのである。アメリカでは献血だけではなく売血も多いため、供血者の責任ということも強く主張されてきている。供血者はHIV感染のリスクがないことを確認する声明書に署名させられるのが一般的で、問診や自主的申告などの機会が何度も設けられ、少しでも感染リスクのある供血者は徹底的に排除されるシステムとなっている。
 そもそも供血者に検査結果を通知せよとの勧告は、GAO報告を読むかぎり、第一義的に血液の安全性確保にある。というのは、緊急輸血では検査が省略されることがあるし、そうでなくても照合の手違いが生ずることもある。陽性とわかっているなら本人に言って今後は供血しないようにしてもらう方が、輸血の安全性を高められるとの考えである。我が国でも、この点は当てはまる。日赤の献血者への感染告知が「なんで献血なんてしたんだ!」という恫喝に近いものであったという話を何度か聞いた。これは輸血の安全性に対する日赤の危機感のあらわれでもあった。さらに日赤には経営効率の要請から人員削減や廃棄血液削減の圧力があり、陽性血を陰性と誤判定してしまう可能性が増大しているとの内部告発もある。だが、過去に陽性と判定された人の血液は、献血者名簿の整備と照合を徹底させることで排除できるのではないか。誤判定の問題は、それ自体が問題であり、献血者の通知で逃げる問題でもないと言えよう。

 ■何のための「国内自給」なのか

 諸外国に比べて血液の国内自給率の低い我が国では、今後、国内自給への圧力が高まることが予想される。そこで、たとえ検査目的でも見逃し、献血量を増やそうとの意図が働くことを最も警戒するのである。懇談会報告書でも、国内自給推進ばかりが至上命令と化し、何のための国内自給なのかが忘れられているのではないかとの印象すらある。検査目的で献血されたとしても、ほとんどの場合は輸血用血液として適格なものである。たとえ感染者の血液であったとしても、検査でチェックできるケースの方が圧倒的に多い。検査目的によるリスクの増大よりも、献血量増大のメリットの方が大きいとの考えも成り立ち得るのである。
 実際、我が国は短期間に世界有数の献血率を達成してしまった。その背景には、献血思想の普及というよりは、横並び意識に基づく集団献血の推進であったり、健康診断がわりの検査目的であったりしたのが少なからぬ数を占めているのではないだろうか。輸血を受ける患者の存在は献血者からはあまり見えず、輸血の安全神話とともに、よもや自分の献血した血液によって誰かが死の危険にさらされるなど想像できなくなっている。それゆえ検査日を確認し、平日にわざわざ出向かなければならない保健所よりは、いつでも気軽に立ち寄れる場所にある献血の方が検査目的として好まれるのである。
 献血のあり方を国民的に議論しなおす時期に来ているような気がする。そうした議論が、検査目的での献血を減らし輸血の安全性を高める早道でもあると思うのだ。

 ■輸血によるHIV感染者への救済問題

 最後に「ウインドウ・ピリオド」等の事情により不幸にも輸血によってHIVに感染してしまった患者の救済問題について提起しておきたい。
 現在は、エイズ予防法の見返りで成立した「血液製剤によるHIV感染被害救済制度」によって、凝固因子製剤以外の血液製剤による被害であっても、ある程度の救済がなされることになっている。しかしながら、この主に薬害エイズの被告企業の拠出による救済制度は、薬害エイズの和解の確認書で「平成十三年三月を目処として廃止する方向で検討する」と明記されているのである。凝固因子製剤以外の輸血用血液によるHIV感染では、薬害エイズの和解による賠償の対象とはされない。
 輸血によるHIV以外の感染症等の被害については、今も何らの救済制度は存在しない。医薬品副作用被害救済制度からは、抗がん剤などとともに輸血による被害は対象から除かれている。製造物責任法(PL法)の対象には含まれたが、「ウインドウ・ピリオド」によるHIV感染は当時の科学技術に関する知見では認識できない欠陥とされ、PL法による救済対象とはされないだろう。
 PL法の成立にあたり国会では「輸血用血液製剤による被害者については、その特殊性にかんがみ、特別の救済機関等の設置に努めること」との付帯決議がなされている。救済制度の創設を望む声は多いが、昨年十二月に出された懇談会報告書には何も盛り込まれず、議論された形跡もない。

[草田央]
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