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第11回日本エイズ学会レポート[1]

うえきたかよし 

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 日本エイズ学会は毎年開催されている日本で唯一のエイズ専門の学会である。そもそもこの学会は医師らによる臨床面での成果や情報の交換という主目的ではじまっているらしいのだが、最近では臨床や基礎研究のみならず、社会医学や看護など非常に広範囲にわたっている。そのため参加者の数もうなぎのぼりのようで、多彩な方々に会うチャンスともなっている。
 ボランティア団体関係者も積極的に参加していて、数多くの団体が研究発表そのものにもかかわっている。

 ■市電が走る熊本で開催された

 第11回日本エイズ学会は九州の熊本で97年12月4日と5日の二日間開催された。熊本と言えば、熊本城と水前寺公園といった名所があるが、会場は中心街にほど近い熊本市産業文化会館。多くの参加者は前日に熊本入りし、会場の近くにホテルをとって拠点とし、最終日の夜に帰るというパターンをとっていた。要は皆同じ行動。だから、行きや帰りの飛行機など皆エイズ関係の人だらけで、うっかりどこかの病院や医師の悪口など言えないという雰囲気であった。二日目の午後の水前寺公園などは、医師や看護婦でごったがえしていたらしい。
 熊本という町で私が好きなのは、市電がトコトコ走っていることだ。結局忙しくて乗れなかったのだが、会場の前には市電の駅があり、何度も目にできたのは嬉しかった。そのほか観光名所にも行きたかったけれども、全然行けずじまい。
 ということで、ぐちっぽく話を始めてしまったが、ここでは二回に分けてその学会に出席した報告を簡単にしたいと思う。ただし、当然のことながらすべてのセッションには出られなかったのでごく一部の報告になってしまう。その辺はぜひご了承願いたい。

 ■充実した社会医学や看護・ケアのセッションだが、暑かった

 今回の日本エイズ学会では、社会医学や看護・ケアのセッションが非常に充実していたと思う。参加者の関心も非常に高くなっており、これらのセッションの行われた部屋は満員。
 これほど注目を浴びたために一日目の社会医学の時にはあまりにも人が入りすぎて部屋が暑くなり、火災報知器が鳴る騒ぎになったり、二日目の看護の時には部屋に入れない人が百人以上も出てしまって大きなクレームが付き、苦肉の策として定員を増やすために、発表を途中で中断して椅子を撤去して床に直接座らされたりした。スライドも見えにくいし、床は硬いし、隣の人とは膝が擦れ合うし、なんだか「最低の学会」と言いたくなった。社会医学や看護のセッションをあんなに小さな部屋で開催しようとした所など、いかにも臨床のドクター達がこれらの分野を軽視している結果ではないかと思う。次回のエイズ学会は東京の砂防会館。いろいろな大会を行うことで有名な場所だ。ぜひぜひ社会医学やケアの部屋をずっと大きいものにしてほしいものである。
 社会医学のセッションは臨床のセッションとかなり重なっていたためにあまり出ることができなかったし、特にボランティア団体によるコミュニティベースのリサーチ結果が聞けなかったのは残念としか言えないのだが、出られたところについてごく一部だけ紹介しておこう。

 ■血液製剤感染者と性感染者の経済状況を比較した失敗研究

 駒込病院の味澤氏からは、HIV診療で在日外国人に対する病院側の医療費の負担がかなり高額になっているという報告があった。この視点は非常に興味深かった。在日外国人の医療費について、政策的にしっかりと対応策を考えていかないと、最終的には「治療をせずに見捨てる」ということが一般化しかねないような危惧を感じている昨今、この問題にはぜひ真剣に取り組む必要があると思う。

 東京都足立保健所の鷹箸氏による「エイズ感染者・HIV感染者生活実態調査」は、その内容の一部が新聞などでプレスリリースされたりしたので、ご存じの方も多いと思う。今回は特に経済状況について焦点をあて、血液製剤による感染者と性感染者とを収支において比較したときに、性感染者は血液製剤による感染者に比べてかなり経済的に苦しい、したがって性感染者に対する支援が必要であるという結論になっていた。
 これに対して会場から強い反発の声が挙がった。この発表において特に二つの点でミスがあるとしていた。一つは、製剤による感染者の収入に「医薬品副作用機構」からのお金も含まれている点(この点で、鷹箸氏は「扶助」と表現していたがこれは誤りで薬害被害に対する「補償」であるという指摘もあった)、そしてもう一つは、本来他疾患の患者や一般の人の経済状況とHIV感染者の経済状況を比較しなければいけないのに、血液製剤感染者と性感染者とを比較しただけで「血液製剤による感染者はお金持ち」みたいな印象がある結論を出してしまっている点であった。この指摘に対し鷹箸氏はピンと来ていないような気もしたし、指摘された方が「この研究は全く意味がない」とまで言ったので少々感情的にもなっていたような印象も受けたが、これらの指摘はきわめて正しいと私も思った。当事者が全くかかわらない体制でこの種の調査研究をしてしまうと、視点やアプローチの手法を思いっきり誤ってしまう可能性がよくあるのだが、この発表などまさに典型的な例であると言えるのではないだろうか。

 東京医科歯科大学・難治疾患研の片平氏は「薬害エイズの二次、三次感染被害の実態と要因」なる報告をしていた。一次感染よりも二次感染の判明が早かった例なども紹介されるなど、どちらかというとドキュメンタリータッチになっており、被害者の声が生々しく感じられるものだった。事実会場からは「へえ、かわいそうに」というささやきも聞かれていた。プレゼンテーション手法も優れていて、目に見えるように被害が伝わる感じがした。ただし、これは私の感覚だが、薬害エイズ裁判も安部氏の問題は残っているとしてもとりあえずひと段落し、薬害とその被害というものの存在が市民権を得た形で認められた現在、すでに補償としての恒久対策のあり方を検討することが主な柱となってきている。こういった時にこういう発表をするということは、この分野で片平氏が少々時代の流れに取り残されているということではないか、そんな印象を持たざるを得なかった。

 SHIPの井上氏は、SHIPのクライアントを対象とした調査研究結果を報告していた。特にHIV感染者とHIVにかかわる医療従事者について中心的に報告していたが、HIV感染者について言えば、HIV感染者同士での治療情報の交換がよく行われており、交換されている情報について信用でき役にも立つと評価していること、眼底検査の必要性などHIV感染症の治療や健康維持のために最低限必要な情報を必ずしも医師などから得ていないこと、厚生省や製薬会社の情報についてかなり評価が低いことなどが報告されていたのが印象的で説得力があった。
 同氏らはここ数年、HIV感染者の自己決定や医療体制における問題点などを感染者の立場に立って分析する研究発表をしてきたが、今回は情報の流れと内容、質、それらに対する評価についてかなり詳細に検討している。SHIPの活動が感染者向けの情報提供を中心としているがゆえの問題意識とも言え、非常に大切な視点を提示してくれたと言えそうだ。この調査結果は近いうちに一冊の報告書にまとめられるとも聞いている。期待しよう。

 ■初の本格的全国患者調査研究は拍手もの

 看護ケアの発表で大拍手を送りたいと思うのは、横浜市衛生局医療対策部の折津氏、横浜市立大学看護短期大学部の武田氏らによる「HIV感染者/エイズ患者の療養スタイルに関する調査」であった。この研究は、恐らく日本ではじめての全国的な本格的HIV患者調査という意味で画期的であり、対象者も全国47都道府県のエイズ治療拠点病院およびHIV治療機関の外来に通院する患者四百二名と非常に大規模なものであった。回収率は57パーセントと、この種の調査にしては非常に高い。
 療養スタイルについて、充実した分野と膨大な内容を含んだ調査結果であり、それに見合って発表もその一からその五までの五つに分けられていたにもかかわらず、非常に速いスピードでの報告となってなかなか全貌を把握しづらかったのが少々残念で、近いうちに報告書が出てくるのがとても楽しみである。
 しかし、そんな中で記憶に残っていたのは以下の様な点であった。

  • 医療や治療についての満足感はどの項目についても非常に低く、医師に対する不満足は7割程度、看護婦に至っては9割となっている
  • 看護婦に満足している人ほど自分のデータ記入をしていない
  • 2割の人が通院に2時間以上かけている
  • 体調が悪い人、看護婦の対応に不満を持つ人ほど通院の中断や中止が多い
  • 自己判断による薬の中断者の率が他の疾患の一般外来 患者に比べて低い
  • 薬害によるHIV感染者が患者会から情報入手をすることがほとんどない
  •  そもそもエイズ診療体制の整備を進めるにあたって、例えば専門ナースの必要性などを主張する人もいるものの、その方向性やニーズを裏付ける根拠が欠けていることが多く、よって効果的な体制づくりができないという事実がある。
     そのことを考えると、今回の調査研究には大きな意義があるだろう。今後も調査項目を吟味した上で同様な調査研究をすることが望まれる。

     ■「コーディネーターナース導入の試み」

     一方、看護ケアのセッションで特筆すべきレベルの低い発表といえば、何と言ってもエイズ治療・研究開発センターの石原氏による「HIV・AIDS専門医療機関における診療モデルコーディネーターナース導入の試み」であろう。
     彼女の発表では、一九九六年と一九九七年のコーディネーターナースの仕事内容の変化を指摘し、服薬方法についての活動が増加しているとしていた。この発表が以下の二つの理由から全く意味のないものだということは、少なからぬ出席者が気づいていた。
     一つは、活動内容量についての調査が一九九六年は「活動時間」で測られているのに一九九七年は「相談された件数」となっており、全く比較することができない点。もう一つは、一九九六年と一九九七年の調査における医療機関が異なっているという点である。異なる医療機関でのナースの活動を異なる変数で比較することなど、この研究自体がナンセンスであることを示すわけで、何も発表しなかったのと同じである。このような発表が行われているようでは日本のエイズ看護研究のレベルを高めていくことはできない。今後、このような発表は行わないようにしてもらいたい。同時に、このようなデタラメを発表してしまう医療従事者が臨床で患者と接しているのかと思うと、実にこわい。

     ■服薬についての発表がつぎつぎと登場

     服薬状況に関する発表が非常に多く目立っていたのも今回の学会の特徴と言えよう。事実、看護ケアのセッションだけでも4つの題目があった。
     駒込病院の堀氏は「コンプライアンス」という概念はすでに古いもので「アドヒランス」という概念を服薬においては導入するべきではないかという点を強く発言していた。確かに欧米ではこの概念が多く取り入れられており、非常に興味深いしアピール度も高くて説得力があった。

     また東京医大は、患者に質問紙での調査を行った結果を発表していた。東京医大のこの調査研究については、聞くところによると、すでに簡単な報告書としてまとめてあり、通院してくる患者さんにも配布してあるということだった。よくこの種の調査を行うと、データはとるもののその結果を対象者に返さないということが多いので、大変好感を持てる話であり、他の医療機関でもぜひ東京医大を見習ってほしいと思う。

     国立国際医療センターの野々山氏による発表が非常に面白かった。統計的に数で取って状況把握をすると、とかくその要因や詳細が無視されてしまうことが多いのだが、この発表ではどのような服薬上の間違いがあるのか、その原因は何かなど、短時間の発表にもかかわらず非常に細かいところまで紹介されており、他にはないレベルの高さを感じさせられた。野々山氏にはその研究上のセンスのよさを、今後ともぜひ活かしてもらいたい。

     これらの発表を聞いていたときにふと思ったのが「どういうふうにしてデータを取っているのだろうか」ということだった。臨床のセッションでは、例えばインジナビルについて副作用で服薬中止のケースが医療機関によってまちまちで、中止率が1割程度のところから5割程度になるところまであった。これらの差というのは、実は医療者の患者に対する説明や指導の量の違いから来る結果ではないだろうかと思っていた。ところが、服薬状況については、各病院がそれぞれなりにバラエティに富んだ項目でデータ取りをしているせいもあって、比較がしづらいところもあったし、比較してもかなりデータが異なるという印象ももった。ある程度服薬状況アセスメントの手法を全国的に統一したほうが今後のためになるのではないだろうか。ぜひ服薬についての全国的ネットワークでも作って、検討し直した方がいいだろう。

    [22号に続く]


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