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第12回国際エイズ会議報告


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 94年の横浜、96年のバンクーバー(カナダ)に続き、98年6月28日〜7月3日までスイスのジュネーブで第12回国際エイズ会議が開催されました。
 テーマは"Bridging the Gap"(格差の橋渡しを目指して)。国連エイズ計画(UNAIDS)の報告ではHIV感染者は昨年末で約三千万人。その9割が途上国の人々であり、「南北格差」が大きな課題であると指摘されています。
 もちろん「ギャップ」はそれだけではありません。いったいどんなギャップが存在しているのか。また新薬などの新しい医療情報は? そして今回の会議の意義、今後の課題等について、各方面の方にレポートしていただきました。


◎国際会議で分かった「日本」  [フシギダネ]

 ■まずはスカラーシップにチャレンジしたが…

 「今回は目玉になるような話題ないじゃん」「インターネットでも情報とれるよ」と周囲に言われても、「だって次の南アフリカ遠いからさ〜。今回行かないとさ〜」とかいって、行ってきました国際エイズ会議。
 事前の割引があるにしても登録料が10万円近くかかる。高い! 感染者にはスカラシップがあるので、応募して通れば飛行機代と宿泊と参加費が無料になる。書類ははっきりいってたいしたことはない。僕は一応応募したけどだめだったので自費。でも、「メディア登録」といってマスコミ関係者として無料でパスをもらう方法を利用した。知り合いの業界の人に「派遣取材記者」である証明書類をつくってもらったのだ。このスカラシップ、金持ち日本人は優先順位が低いのかなと思ったけど、何人か日本人ももらっていたし、可能性は誰にでもあると思う。来年のマレーシア(アジア太平洋国際エイズ会議)、2年後の南アフリカ(国際エイズ会議)にチャレンジしてもいいかもしれない。

 ■外国で超国内的な日本人

 「国際なんとか」が好きなのだ日本人は。国内でもナントカ国際セミナーって多い。でも「国際」の場であまり相手も期待もされていないし、好きな割には態度や政策が超ドメ(超ドメスティック=国内的の略)。英語もタイとか他のアジアの国の代表に比べて、これはまずいでしょうってレベル。去年のマニラでのポスター演題でも「日本の感染率の低さは高学歴が理由」みたいなこと、どうどうと書いといてさ。もちろん学歴と感染リスクは関係ないということは世界中の通説(逆に学歴と英語力は関係あるんじゃないのか?)。指差して笑われていたもん。こういう人達が日本では「権威」だからね。ま、財布のひものゆるいうちは外国の人もいい顔しているんじゃないの。はっきりいって、言葉も通じない、小さな島国がどうなろうと世界の関心事じゃないよね。自分たちのことは自分たちでやらないと、という覚悟を参加者は認識しないとね。

 ■新しい治療薬

 バンクーバーのときのプロテアーゼ阻害剤のような盛り上がりはなかった。日本では現在9種類の抗HIV薬がある。もうすぐ非核酸系逆転写酵素阻害剤のネビラピンの拡大治験がはじまる。アメリカではこのネビラピンの他にデラビルジンというのもあるし、プロテアーゼ阻害剤ではサキナビルのソフトジェルカプセル(商品名:Fortovase)がある。
 これに加えてエファビレンツ(非核酸系逆転写酵素阻害剤)、アバカビア(核酸系逆転写酵素阻害剤)、アンプレナビル(第二世代プロテアーゼ阻害剤)とか、アメリカでは順々にFDAが認可していくだろうとのこと。日本ではネビラピンの後に新しい薬が入る話は全くないそうだ。どうしてもほしかったら買いに行け、輸入しろということか? せっかく手帳をもらって医療費の心配から開放されたのになあ。誰に文句いえばいいのこういうの。厚生省? 製薬会社? 僕は一日一回のエファビレンツにとても期待しているけど、たとえばネビラピンを飲んで、耐性になっちゃったら同じ非核酸系のデラビルジンもこのエファビレンツも効かなくなるから、せっかくの拡大治験だけど、じっと耐えてもっといい条件の薬を待つ方がいいんじゃないかと思ってしまった。こういう可能性を医者はちゃんと患者に説明してくれるのか不安だ。でも待っても薬が認可されないとしたら、すがる気持ちで新しい薬を待っている人にはつらい話だ。
 7月末の「リトナビルの製造がストップする」というニュース(注:13頁に詳細情報あり)もそうだけど、この先治療薬の供給が不安定とか不透明じゃ困るよね。
 専門家の人はあらゆる努力をしてほしい。よろしくお願いします。

 ■アドヒアランス

 この会議、猫も杓子もアドヒアランス、と念仏のようだった。医療者と患者の関係が注目されている。でも日本の医者や看護婦にはそもそも患者の話を同じ立場で聞く姿勢なんか感じないけど(僕が出会っていないだけか?)。出した薬は当然飲んでいるだろうと思い込んでいる医者、教育・指導が大好きな看護婦。自分たちの態度をあらためるなんて発想自体あるのかな。患者もいいたいこと言えるように努力しないと医療は変わらない。あの短い診察の中で、白衣の専門家を前にいいたいことを言うためには、もっと勉強してそしてもっとずうずうしくならないといけない。
 でもさ、どんなにえらそうなこと言っても胸はドキドキハラハラ。そんな事情を察してほしいよな。

 ■PWAラウンジ

 国際エイズ会議にはPWAラウンジがあって、感染者は横になってリラックスしたり、食事を楽しんだりできる。薬を忘れてしまったりなくしてしまった場合は処方もしてもらえる。もちろんすべて無料。薬はみんなが堂々と飲んでいるので「おっと時間だ」とうまく管理できている人も多かったんじゃないか(しかし時差ってのはたいへんだ。来た時帰る時と調整がいる)。このラウンジは自分で感染したとわかって(思って?)いる人だけが入れる。ここで「おおっ、カッコイイ」「今フリーか?」と愛も生まれていた。演題でも、薬を飲んで元気になった若い感染者が性的に活発になっているという報告があった。会場で「こんなにいらないよ〜」ってくらいコンドーム配っていたから、「なかったから使えない」という言い訳はできないけど、あの盛り上がりの中ではたして使えるか難しいところだ。だから演題の内容も、治療が可能になってセーファーセックスへの意識が低下しているというものが目立った。
 日本のエイズ学会も感染者やNGOの参加が増えたらラウンジできるかなあ。去年の熊本の、例のD会場(何のことだかわからない人は22号、23号を読んでね)では、環境は最悪だったし、車椅子とか松葉杖の人が中に入れないで立ちっぱなしとか、これが医療関係者の集まりか? って思ったもん。

 ■日本からの参加者

 日本からの参加者は少なくとも厚生省関係のお金で派遣されている20数名はいたはずだ。ホームページで検索したら日本の演題は94。多いのはウイルスの研究者とかの基礎医学で外国との共同研究。トラックBの臨床の演題は30で、検査とかウイルスが多い。患者に焦点をあてたいわゆる現場からの演題は、広島大学医学部附属病院、都立駒込病院、東大医科研の3つ。他の分野では日本のNGOの演題もポスターでかなり通っていた。これだけの数あるんだから日本で日本語で発表してほしいな。
 今回の大拍手はSHIP。なんと演題が二つも通っていた。個人郵送分の読者の質問紙調査で、感染者とケア提供者による差を比較していた。詳しくはそのうちSHIPで報告があるだろう。
 たくさんありすぎてまわりきれないブースやポスター、オーラルセッションの中を、せっせと必要な情報を集めてまわわる人たちもいた。朝から晩まで会場にいるんじゃないか? と思うくらい見かけたのは東京医科大学の山元氏と都立駒込病院の味澤氏。第一線の臨床医としても有名なこの二人は、社会医学分野への理解も深く、仲間うちの評判もグッドで、去年のエイズ学会から注目しているのだが、仲良しらしくたいてい一緒。あんまりいい話しを聞かない日本のHIV医療だけど、連携できる関係もちゃんとあるんだなあとちょっと安心した。

 ■展示ホール

 面白そうなセッションがないときにプラプラしていた展示ホールの話を少ししよう。
 まずエイズ予防財団のブース。残念ながらブースを開いて何をしたいというアイデアや意欲が伝わらない。厚生省批判のはばたき財団の英語のニュースレター、内容が随分古い予防パンフレットがおいてあった(在庫処分が目的か?)。でもポスターは好評のようでみんながくれくれと寄ってきていた。ブースを担当した財団の沢崎氏は流暢な英語・スペイン語をあやつり、さらに数か国語で挨拶をしていたからびっくりだ。聞けば博士号を持ち、ハーバードへの留学経験もあるという日本に数少ない公衆衛生分野でのエキスパート。日本に途上国の専門家を招いて研修を提供するというプログラムの中で築いた人脈で、各国の研修修了者からよく声をかけられていた。「何考えているんだかわからない日本人」という評価はあるけど、こういう信頼関係を築ける人もちゃんといるんだと安心した。
 そのとなりにはFAIDS(エイズフォーラム)。パソコン通信のニフティサーブにリアルタイムで書き込みをしているとのことだった。どこよりも早い日本語の情報はここで読めたようだ。他にはABCキルト、人権情報センターがブースを出していた。小さな国でブースが4つ。メンバーやスタッフもかなり来ていた。どんなに否定しても「金持ち」なのだ日本人は。

 ■Gapをうめる

 そんな日本を苦々しく思いながらも、国際会議を口実にヨーロッパ旅行なんかしちゃった僕もその日本人の一人だ。この会議のテーマだったBridging the Gap(ギャップを埋めよう)。毎月「金ないぞ〜」と文句いいながらも飛行機代やホテル代を払え、バッグの中には薬がちゃんとはいっている。何の義務もなく気ままに評論家気取りで参加した。特別な活動を国内でしているわけでもない。ラウンジで隣に座ったある男性は、初めての外国でちゃんと国の代表としての意見を語る。治療はしていない。このギャップをどうしたらよいのだ。

 ■次はマレーシア!

 次の国際会議が開かれる南アフリカのダーバンは遠すぎる気がして自分が行くかどうか、その時の健康状態がどうなんだかさっぱり 見当もつかない。でも来年の秋のクアラルンプールは参加しようと思っている。まわりがなんと評価しようが、英語がへたくそといわれようが、やはりアジアで日本がとる役割はあるだろうし、出遅れた感の日本の感染者の活動を日本の専門家や外国の人に伝えていきたいと思う。おっと、これ以上熱く語ると熱が出そうだからこれでおしまい。


◎フィリピンから見た国際会議
  [日本感染症学会会員(マニラ在住)福田 光] 

 ■はじめに

 6月28日から7月3日まで、ジュネーブ(スイス)で開催された第12回国際エイズ会議に参加してきました。国際エイズ会議は、前々回の横浜、前回のバンクーバー(カナダ)に続いて、3回目になります。なお、次回は二〇〇〇年にダーバン(南アフリカ)、次々回は二〇〇二年にバルセロナ(スペイン)で開催される予定です。ちなみに、来年、一九九九年にはクアラルンプール(マレーシア)で、昨年のマニラ(フィリピン)に引き続いて、第5回アジア太平洋エイズ会議が開催されます。
 それでは、今回の国際エイズ会議に参加して、いくつか感じたことを書いてみます。

 ■南北問題が大きな焦点になっている

 エイズは、現代社会の様々な問題を図らずも表面化させるという作用をもたらしました。
 同性愛、婚姻観・夫婦観、薬物使用、売買春、小児性的虐待、貧困、人種差別、男女格差、トランス・ジェンダー、移民、医師患者関係、医療過誤などなど、様々な問題がエイズとの関連で、様々な機会に表面化し、社会の注目を集めるとともに、解決が迫られてきました。
 しかし、どうやら最近は、南北問題、特に南のアフリカと北の西ヨーロッパの対比に象徴される南北間の経済格差に主たる焦点が当てられているようです。
 今回の会議のテーマである"Bridging the Gap"とは、様々な垣根や溝を無くしていこうということですが、会議の雰囲気は北と南の掛け橋という感じで、南北の対立が存在することを逆に感じさせました。
 南の人々は、北の人々からの経済的な援助、特に経済的な理由から最先端のエイズ治療を受けられない人々に対する経済的な支援を強く期待しているようです。その一方で、北の人々は、エイズの治療費が際限無く増加していく現状を見て、南の人々の治療費まで負担することに躊躇いと恐れを抱いているようです。
 かつてエイズが不治の病で、速やかに死に至る恐ろしい病気であった時代には、激しい差別や偏見が存在する一方で、慈愛や奉仕の精神から無制限の援助を行う意思があったように思えます。しかし、エイズが必ずしも不治の病でも死の病でも無くなったとき、経済的な負担という現実的な問題に、多くの人々が直面しているのだと思います。

 ■ワクチン開発に対する期待が高まっている

 HIV感染症とエイズの治療に、ある程度の見通しが持てるようになった現在、従前に増して、ワクチン開発に対する期待が高まっています。この期待の中には、北の人々の経済的な思惑、すなわち、ワクチンによる予防が成功すれば、南の人々からの治療費援助要求をかわすことができるという思惑もあるようです。また、UNAIDS、WHOを始めとした国際機関にも、限られた予算で最大限の効果が期待できる手段として、ワクチン実用化に対する期待が高まっているようです。
 また、教育に重点をおいた予防活動が政情不安定な地域や経済的な困窮に陥っている地域では、十分な成果を挙げ得ないという現実に対する失望感も、ワクチンに対する期待を高めています。
 恐らく、日本を始めとした北の国々では、ワクチンの導入は限定的な効果しかもたらさない一方で、ワクチンの過信による弊害がもたらされるだろうと思いますが、多くの南の国々では、ワクチンの導入は劇的な効果をもたらすでしょう。ただし、これは安全で効果的なワクチンが実用化されるという達成困難な条件が整えられた場合に限ります。
 いずれにしても、僕の個人的な感想を言えば、ワクチンに対する期待が政治的な思惑から過度に喧伝されているように感じました。

 ■治療に関してはある程度の展望が開けている

 プロテアーゼ阻害剤が実用化される直前のような、治療法の大きな進歩に対する期待は乏しくなった反面、今後とも治療法は着実に進歩していくだろうという楽観的な見通しが大勢を占めているように感じました。もちろん、HIVは確実に、各種薬剤に対する耐性を獲得して行くものと予想されていますが、それにも増して新薬の開発、投薬法の改善が図られていくだろうという期待が感じられました。
 必要な治療費さえ工面できて、適切な治療を受けることができれば、たとえ完治しなくとも、当面は症状の進行を遅らせることができ、その間に、治療法がさらに進歩するだろうという期待を多くの人々が抱いているようです。
 しかし、その一方で、貧しい人はエイズで死ぬが、豊かな人は死なないというエイズ患者、HIV感染者の中での新たな格差が生じてしまっていると言えるでしょう。

 ■最後に

 ジュネーブは日本から遠いということもありますが、国際エイズ会議への日本人の参加者が回を経るごとに少なくなっていると感じました。次回の開催地、ダーバンは、ジュネーブよりもさらに日本から遠いので、今回よりも、さらに日本人の参加者が少なくなるかも知れません。もちろん、参加者が少ないのは、多額の旅費を使ってまで、国際エイズ会議に参加するメリットが少ないということもあるでしょうが、エイズに対する日本人全般の関心の低下を反映しているようにも思えました。


◎母子感染予防と配偶者間人工受精 [沢村たかこ]

 ■AZTの短期間服用でも母子感染率が半分に

 私は会議には参加できなかったのですが、母子感染について知りたかったので、インターネットや参加された方の報告などを集めてみました。その内容を簡単にご紹介したいと思います(実際に現地まで行かなくても、情報は結構手にはいるのだと実感しました)。
 妊娠中から分娩後までの母親と、新生児にAZTを投与することで、母子感染の確率を低くできることは既に知られていますが、今回、短期間の服用に関する発表がありました。妊娠36週から分娩時まで母親だけにAZTを投与することで、予防しない場合に比べ母子感染率が約半分の18・9%になったそうです。これまで発展途上国などで薬の費用の面から使用できなかった人たちのハードルが少し低くなったと思える情報でした。

 ■選択肢の1つとしての配偶者間人工受精を

 また私が一番知りたかったのは配偶者間人工授精(AIH)についてです。AIHとは男性から精液をとり、人工的に女性に入れるという不妊治療の方法の一つです。男性がHIV感染者の場合、その精液から遠心分離やフィルターを通すなど、様々な方法でウイルスを除去し、男性から女性への感染と母子感染を防ごうというものです。医学専門誌ランセットにも報告を載せたことのあるDr.Sempriniによると、AIHを一五四二回実施し、二四〇回の妊娠が認められ、配偶者間感染および母子感染はゼロだったそうです。ただ、AIHによる夫から妻への感染率は理論的にゼロにはならないため、この方法に反対する医療従事者がいることも事実です。AIHはイタリア、スペイン、イギリスなどで行われていますが、アメリカでは行っていません。日本ではどうなるのか、とても気になりますが、「自分の子供が欲しい」という日本人の思い(文化?)はアメリカよりヨーロッパに近いのではないか、という指摘もあります。AIHがHIV感染者の選択肢の一つとして日本でも提供されることを私は願ってやみません。


◎女性や途上国の人々の存在が増えた
  [
(財)エイズ予防財団 国際協力部主任 沢崎 康]

 ■日本からも多彩な顔ぶれが参加していた

 第12回世界エイズ会議には、今回(財)エイズ予防財団から私だけの参加となったので、私は財団のブースを中心に会議に参加した。日本からの参加者の顔触れを見てみると、財団のスカラーシップ参加者を中心に、研究者のみならずPWA、NGOの方々など多彩な顔触れであった。
 坑ウイルス剤などの組み合わせの効果とその限界などに関するレポートも多かった。今回は、前回のバンクーバー会議ではなばなしく注目を浴びたこのカクテル療法にあたるような脚光を浴びるようなものはなかった。むしろこの各種組み合わせにも限界を指摘するような報告や、多量の薬を飲み続ければならない感染者に対しての服薬の問題などが新しいテーマとしてでてきていたようである。
 しかしながら他方で、世界の感染者の大部分が集中するアフリカやアジアの一部地域ではAZT単剤、あるいは抗体検査さえも受けられない途上国がほとんどであること、そしてそれはいくら新しいカクテル療法の組み合わせがみつかっても、地球上の多くの人には全く無縁であることなどを、こうした会議の場であらためて知らされた。
 今回の会議のテーマ(Bridge the Gap)にあるように、会議の全体の雰囲気としては先進国と途上国とのギャップ、研究者とNGO・活動家とのギャップ、その他さまざまな利害関係にあったり、意見が異なる人たちのギャップの橋渡しをし、連携しようという考えが色々なところで見られた。日本からの参加者もこうした会議で、日本のおかれている状況を客観視することができ、エイズ問題を資源の乏しい途上国への援助などの必要性等グローバルな視点で新たに認識してもらう良い機会であったと思われる。
 最後に、第5回のモントリオール会議以降、今回も含め8回の会議に参加してきた中で感じたのが、これまで会議場の中で、欧米系白人のゲイの男性の存在が大きかったが、その存在は以前よりは少なくなり、かわって女性や途上国の人々の存在が増えたことである。HIV/AIDSの感染者の中心が移行しつつあることを実感した。


◎ギャップは大きくなったみたい
  [広島大学医学部附属病院輸血部 高田 昇]

●第12回国際エイズ会議に出席した。同僚の藤井Drがポスター発表するので、私は付き添いだった。今回は一言で言うと、前回のヴァンクーヴァー会議ほどの大きな進歩はなかった。HIVが隠れ住んでいる体内の細胞には寿命が長いものがあって、途中で手を休めるとまたHIVが出てくる。当初の2〜3年でHIVが消えるという期待は消え、今のところ治療は一生続くと覚悟しなきゃならない。また1ml中のHIV-RNA量も50コピイとか5コピイ以下など、可能な限り低値に保つ方が長期的には良さそうだ。

●HIV-RNAが検出できると言うことは、複製のチャンスがあるということで、薬剤耐性HIVの出現のチャンスでもある。薬剤耐性検査の試薬がいくつか発表され、検査を10万円で請け負う検査会社も現れた。多数の薬剤を経験して耐性になった患者から、セックスで耐性HIVが感染した例も報告された。この例は接触から数日後に発熱があり、初診の開業医は急性HIV感染症と診断している(HIV抗体陰性、HIVp24抗原陽性など)。

●治療面では近くアメリカで認可になる予定の薬が目についた。服薬回数の減少、耐性HIVにも効果が期待できそうだ。従来薬の中では、色々なプロテアーゼ阻害剤を2剤同時に使う方法が試みられてきた。救済療法と言うより初回療法になるかもしれない。多くの症例を扱った比較研究の結果を待ちたい。

●患者が服薬を忠実に守ることをアドヒアランスがよいと言う。耐性HIVと治療失敗の大半は、アドヒアランスの悪さが原因で、多数の報告とシンポジウムがあった。小児でも積極的に多剤併用療法(HAARTと呼ぶ)が行われるが、幼児は味が悪いと絶対に飲まない。胃瘻、つまり胃と体表の間に細いチューブを通し、口を経由せずに直接胃の中に薬を注入する方法で乗り切るという報告があり、「そこまでするか」と驚いてしまった。HIV感染症・エイズをめぐる情報は進歩が早く、インターネットの利用が不可欠である。関連した演題発表やトレーニングコースがあった。

●国際会議のテーマは「ギャップに橋渡し」というものだったが、「あらゆる面でギャップはますます広がっている」とため息が出た。


◎望まれるガイドラインの充実  [上野 譲治]

 ■臨床に直接反映できそうな発表が欲しかった

 ジュネーブの学会で何があったのかをサマリーすることはとても難しい。自分でもまだ全然整理ができていない。
 なにしろ五千を超す演題があったのである。これらをパーッと見て回るだけでも精一杯。タイトルを見るのも大変だった。だから、こんなところに報告を書くこと自体無理な話。
 そこで、ここは正直に、興味があって何となく気になったことだけを、ちょっとだけ並べてみよう。内容は超偏っているので、そこはお手柔らかに。ただの感想文だ。
 抗HIV薬はたくさん新しいのが出てきたようだ。でも何をどう飲んだらいいんだろう。しだいにわからなくなってきた。ガイドラインをさらに充実させていかないと、ますます現場で混乱するだろう。
 それに「2剤よりも3剤が効果あった」とするごく当たり前の結果が多く報告されていた。それよりは「どんな3剤がいいのか」というような、今の臨床に直接反映できそうな研究発表が欲しいのに…。そういう結果はいったいいつ出るのだろう。たくさん薬を飲んだことがある人は、そのあとどんな薬を飲んだらいいのか、それについての報告が多くなされるのは、あと何年後なのだろうか。
 それと、日本でも米国とほぼ同時期に拡大治験などによって薬を入手できる状況を作らないと、薬が足りないという時代も近いうちに来るのではないかと心配だ。
 C型肝炎の問題も結構大きくなっている。海外ではIDU(薬物使用者)の問題として扱われているが、日本では非加熱血液製剤による感染者の問題が大きい。プロテアーゼを飲むことで一時的にC型肝炎が悪化するかもしれないというデータもあった。
 けれども、だからといってプロテアーゼを止めようという結論にはならないという。じゃあ、どうしたらいいのだろう。

 ■社会復帰や服薬援助に焦点をあてたNGO

 NGOが一時に比べて元気がないように見えたのは僕だけか? なんだかHIV感染者が元気になるのと反比例しているのではないか。
 でも、そんな中でも今の問題点やニーズをしっかりとらえて活動しているところもあった。今まで体調が悪かった人が元気になったらどう社会に復帰したらいいのだろう。自分に合わせて薬を飲むにはどうしたらいいのだろうという点などに焦点をあてていた。
 抗HIV薬が進歩したことを感染していない人たちが「HIVは治療できるようになった」と勘違いしてセーファー・セックスをしなくなっている可能性の指摘もあった。
 一方ですごく元気だったのは抗HIV薬を出している製薬会社のブース。日和見薬のブースはかわいそうだった。
 最後に言いたいのは「会場が広すぎる」ということ。足がとっても疲れたぞ!


◎小さなギャップに橋をかけることから
  [看護学生 松尾 健一]

 ■個人個人の内面にも存在しているギャップ

 今回の国際会議のテーマは「Bridging the Gap」。ギャップといわれると、「南」と「北」のギャップが思い浮かぶかも知れません。例えば、治療薬一つとっても、薬剤耐性の出現を最小限に抑え、最大限の治療効果をあげるためにどうしたらいいか、と論じている「北」と、まず治療薬を入手することから始めなければいけない「南」とでは、やはり両者の間に大きなギャップがあります。会議では多くのセッションで「いかに橋をかけるか」が真剣に討論されていました。
 しかし、こうした世界的規模のギャップだけではなく、あらゆるところにギャップは存在しています。個人個人の内面に存在するギャップもその一つです。これは、患者さんの治療姿勢や医療従事者の仕事への関わり方、またある意味ではその人の生き方までもを方向づける、非常に重要なものなのではないでしょうか。
 地球的規模ですべきことと個人的規模ですべきことは明確に分けて論じる必要があります。私たちは「個人的規模ですべきこと」についても語り、橋をかけていくことが求められています。

 ■「個人的規模ですべきこと」

 患者さんをはじめ、ドクター、ナース、カウンセラー、ソーシャルワーカーなどなど、HIV感染症に関わるそれぞれの個人が抱えるギャップにその個人がいかに関わっていけるか。そこがポイントなのではないか。
 私たちがまずしなければいけないのは、医療従事者の人たちが患者さんにこうしたいのにできない、患者さんがドクターやナースにこう言いたいが言えない、こんな小さなギャップの数々に橋をかけていく作業なんじゃないか。それがないと何も始まらないのではないか。そんな当たり前のことを会議全体を通して改めて感じました。


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