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HIV疫学研究班ワークショップ報告(2)
研究者とゲイコミュニティとの協力

エイズケースマネージャー 鬼塚直樹 

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ライフ・エイズ・プロジェクト(LAP)NEWSLETTERイラスト 去る97年3月15日に横浜において「Preventing HIV Among Men Who Have Sex With Men」というテーマで国際カンファレンスが開催されました。これは日本エイズ予防財団、日本疫学研究班、そして厚生省が協力して開催したものでした。アメリカ、オランダ、オーストラリア、そして日本からのリサーチャーやNGOの代表が集まって、「男性とセックスをしている男性の間でのHIV感染の予防」について研究発表がなされ、またそれについての活発な議論がくりひろげられました。その論点の一つに、「リサーチャー(研究者)とゲイコミュニティーとの協力」がありました。
 興味深い問題なので、今回はこの問題について少々述べてみたいと思います。

 ■HIV感染予防活動

 エイズにひっついてくる差別や偏見と、同性愛者に対する差別や偏見とがあいまったとき、問題の複雑化には避けられないものがあります。
 そこには様々な運動がくりひろげられているわけですが、ここで気をつけたいのは、エイズに関連した政治的な運動として、社会保障の組み替えや医療体態勢の改善を求めていくものと、HIV感染予防活動とは、その出発点において別にして考える必要があるのではないかということです。このことをふまえて読み進んでください。

 ■HIV感染症は「行動病」 

ライフ・エイズ・プロジェクト(LAP)NEWSLETTERイラスト 「疫学のリサーチャーとゲイコミュニティーがなぜ協力しなければならないのか」という問いに対して、「ゲイコミュニティーにHIV感染が広まっている(兆候がみられる)から」という答えしか考えられないのです。そして次の段階として、HIV感染を少しでも少なくしていこうという意思が、コミュニティーの内部、あるいは外部から出てきたとします。ではその方法はと一歩進んだとき、そこに科学的なリサーチ研究の必要性が大きく現れてきます。空気や水で感染する感染症は、言ってしまえば予防はそう大変ではありません。しかしHIVは人の行動(セックスや注射の回し打ち)で感染するウィルスで、感染非感染の外観での区別が不可能でなおかつ潜伏期間が非常に長い、といった特徴を持っています。ですからHIV感染の予防は、こういった感染の危険性の高い行動を行っている人達の一人一人が、自分の意思としての行動変容を達成して行くことにかかっているわけです。

 ■行動によるセグメント

 ゲイコミュニティーと一口で言いますが、そこにはいろんなメンバーがいるはずです。
 その社会の一つのセグメントをどこでどう区切ってゲイコミュニティーと呼ぶのかは、それ自体大きなイシューではあります。各々の個人や団体が持っている理念やビジョンによって規定されるものから、性行動によって規定されるものまでいろいろでしょう。
 ここで一人一人の行動変容をつくろうとするHIV感染予防を考えるとき、HIVが先述のように人の行為によって感染する「行動病」であることも併せて考慮し、その行動によってコミュニティーを規定することが順当でしょう。そのうえでそのコミュニティーにターゲットを絞った予防活動をくりひろげていくことが重要になってくるのです。このことを理由として、今アメリカでは「ゲイ」という言葉より「MSM」(Mem Who Have Sex With Menの頭文字)という言葉が使われるようになってきたのです。これは今までの「ゲイ」という言葉を「MSM」に置き換えようとするものではないのです。これは疫学的あるいは公衆衛生学的に、「MSM」のほうが、HIV感染予防の対象となる社会の一つのセグメントをより適確に規定しているからなのです。
 要するに「男性とセックスをしている男性」のなかで、自分を「ゲイ」と自己規定していない人達がいるのです。その人達に「ゲイの為のHIV感染予防」のメッセージはどうしても届きにくくなってしまうわけです。

 ■立場の違いを超えた協力体制

 この「MSM」という呼称はここ3、4年より頻繁に使われるようになってきました。それは「MSMコミュニティー」が最近力を付けてきたということではなく、長年の間継続的に予防活動を行ってきた「ゲイコミュニティー」が、より効果的な予防活動をくりひろげるためには、「MSM」という切り口でコミュニティーをみなければならないという実感をもつようになり、それを研究機関や政府機関に浸透させていったということなのです。ここに、立場や社会的位置づけのかなり違った個人や団体が、一つの目標に向かうことにより協力体制を整え、より効果的な感染予防計画を練り上げていこうとしている一つの例をみることができます。

 ■互いに大きな困難さを伴っているが…

ライフ・エイズ・プロジェクト(LAP)NEWSLETTERイラスト スティグマタイズされた(差別や偏見を押しつけられた)コミュニティーが、そうでないコミュニティー(学術機関や政府機関であればなおさらのこと)と協力体制をとっていくことには、大きな困難さを伴ってきます。しかし、逆方向、つまり学術機関や政府機関がスティグマタイズされたコミュニティーの実態を知ること、あるいはそれを調査することにも大きな困難さがあるのです。それはこのようなコミュニティーは押しつけられた差別や偏見がゆえに、どうしても閉鎖的にならざるを得ないところがあるからなのです。それに加えて、人間の性行動や性生活という非常に「個人的」な分野に、勇気をもって立ち入って行かなければならないことなので、なおさらでしょう。

 ■コミュニティの「声」がより遠くへ届く

 ここでどうしても避けなければならない状況があります。それはゲイコミュニティーあるいはMSMコミュニティーに押しつけられたスティグマがゆえに、またそのスティグマが生み出した閉鎖性がゆえに、疫学的なリサーチや実際的な予防活動から疎外されてしまという状況です。これはアメリカのゲイコミュニティーが経験し尽くしてきたことです。もう一度それを日本で繰り返すことは最大の努力を払って避けるべきです。
 こういった努力を積み重ねる上で、コミュニティーとしての「声」がより遠くへ届くことになり、コミュニティーの「エンパワメント」が進行していきます。意見や立場を違にする人たちと協力体制をつくりあげること、これは容易なことではないのですが、必ず一つの共通した目標を見つけ出すことができるはずです。
 そしてこうした努力を続けていくこと自体がすでに、HIV感染予防活動になっているのです。

[鬼塚直樹]


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