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エイズ問題における薬害和解の成果と課題

草田央 

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 昨年三月二九日に薬害エイズ訴訟の和解が成立した。金銭的な賠償などは、もちろん原告だけしか享受することはできないが、感染経路を問わずエイズ一般にもたらした影響も少なからずある。和解成立から一年が経とうとしている今日、医療や福祉といった感染経路を問わない視点から、その成果と残された課題を整理してみたい。

 ■拡大治験

 昨年二月九日、厚生省は未承認の輸入エイズ治療薬の使用特別措置を表明した。従来の臨床試験では、実施される医療施設も被験者の数も限られており、既にアメリカで認可され効果をあげている薬であっても投与を受ける機会が少なかったのが実情であった。まだddCも認可されておらず、日本で承認された抗HIV剤はAZTとddIの二種類しかなかった時期である。特にアメリカで認可されている薬などを早期に使用可能にすることは大阪の原告団が強く要望していたところであった。

 厚生省のこの施策は、和解協議の過程で救済策を打ち出していく姿勢を示したものである。エイズ治療薬をオーファンドラッグ(希少薬)として指定し迅速な臨床試験を推進するとともに、患者の希望さえあれば正規の臨床試験に参加できなくとも臨床試験薬の投与を受けられるようにしたのが、この「拡大治験」である。

 拡大治験は昨年七月に全国でスタートし、これで四月に認可されたddCを加え、八種類の抗HIV剤の投与を受ける機会が多くの患者に与えられることになった。AZTやddIに既に耐性ができてしまっていた患者、副作用などの理由から飲めなかった患者には、選択の幅が広がったことになり、大きな福音であった。

 一方、アメリカで認可されているとは言え、それも政治的な早期認可であるため臨床例が少なく、日本の拡大治験でも予期しない多くの副作用が生じてきた。

 特効薬願望の強い患者と地方の知識を持たない医師がマスコミなどの論調に躍らされ、必ずしも必要のない患者にまで治験薬が投与された結果でもある。また拡大治験は無料であるため、経済的理由から参加する人がいるというのも、ある意味では悲劇である。

 ■未承認薬の無料配布

 エイズという疾患は多種多様で、その治療方法も日進月歩である。そのため、必ずしも日本で承認されている薬や拡大治験だけでフォローしきれるものではない。そこで、未承認薬で拡大治験に該当しない薬や、海外では適応症とされているのに日本では適応症とされていない薬などを厚生省研究班が買い付け、希望者に無償配布するという制度が昨年十月五日までにスタートした。薬害エイズ被害者への恒久対策の一環とされる。(HIV感染症治療薬の開発促進に係る研究班の連絡先=東京医大病院臨床病理科▼電話03・3342・6111(内線5086)▼FAX03・3340・5448▼インターネット・ホームページhttp://www.iijnet.or.jp/aidsdrugmhw/

 AZTが認可される以前、HIV感染者の発症予防治療に関する研究班がAZTを買い付け無償配布していた例もあった。AZTが認可されると打ち切られたわけだが、今回も保険適用とならない薬の配布と考えられる。医療保険を使いたがらない患者への経済支援とはならないが、今まで個人輸入の形で膨大な費用負担を強いられていたことを考えると、大きな前進である。日和見感染症の治療も含め、次々と登場する治療薬を迅速に入手することが可能となり、拡大治験もあわせ治療薬選択の幅が大きく広がったと言えよう。

 ■差額ベッド代の解消

 差額ベッド代とは、患者の希望で個室などに入院した場合に徴収される費用である。治療上、個室の必要を医師(病院)が認めれば徴収されないが、患者の一方的な希望の場合は、ある意味で「贅沢」として健康保険の適用もなく患者本人に請求されている。しかし、病院経営の要請から、たとえ治療上必要であっても「患者の希望」として差額ベッド代が徴収されていたのが一般的に見られる現象であった。特にエイズ患者は個室に入院させられるケースが多く、多額の差額ベッド代を徴収されることが大きな問題となっていた。

 差額ベッド代の解消は、主に大阪原告団の強い要望があり、協議されてきた。昨年四月十二日の拠点病院連絡会議では、診療報酬への一定の加算を認める代わりに、患者への請求を行なわないことが通達された。それにより五月一日より、個室の場合一日あたり三千円が医療保険から支払われることになった。また厚生省に苦情受付の窓口も設置された。

 ■地方核病院(ブロック拠点病院)

 地方核病院は、拠点病院が必ずしも機能していない状況に鑑み、全国を八つほどのブロックに分け、地方の拠点病院の中心として医療水準の地域格差を是正するために設置されるものである。高度なHIV診療を提供し、地方ブロック内の情報ネットワーク構築を担うことが期待されている。

 大阪の原告団を中心にした交渉により、昨年八月二三日にブロック拠点病院ごと八名の専任スタッフ体制が厚生省から提示され合意に達し、平成九年度スタートに向けて準備中である。緊急入院患者の受け入れや全診療科での対応を約束していると言う。カウンセリングにも力を入れるもよう。

 ■エイズ治療・研究開発センター

エイズ治療・研究開発センター(http://www.acc.go.jp/)は、東京の原告団が一貫して求めていたもので、HIV感染症の最新かつ最高水準の(一)治療(二)臨床研究(三)研修(四)情報提供機能を備えるものである。

 和解交渉の過程で、東京・新宿の国立国際医療センターに設置されることが決まった。厚生省が四月に表明した七月からの外来診療のスタートは、原告団の要請により中止。あらためて七月六日より設立準備会が設置され協議が重ねられ、八月末に厚生省の概算要求に盛り込まれたことで、平成九年度からのスタートが事実上決まった。

 東京大学医科学研究所付属病院でのノウハウが導入されると予想され、医療上の患者のニーズや診療の質の向上を目指したメディカル・コーディネートも行なわれると思われる。

 現在、病棟の整備と医療スタッフの人選が行なわれ、準備中である。(注:97年4月に正式発足した)

 ■残された課題

 見てきたように、薬の選択の幅は広がり、病院における人的・物的整備は進められようとしている。しかし急激な変化に、戸惑いと混乱は続いている。患者の自覚が、より一層求められていると言えよう。患者自らが医療を選択していく権利を確立していく時期でもあるのかもしれない。

 また患者の医療費負担も、医療保険の使用が前提となっている。そのため、医療保険の使用を躊躇する患者は、未承認薬の実験に参加する危険をおかせば無料となるが、多額の自己負担にあえぐ状況に変わりはない。さらに、医療保険の自己負担率が上がることが予想され、高額療養費として上限が定められているとはいえ、負担増になることは避けられそうもない。日本では(政策的に)欧米の数倍の薬価が付けられており、薬価の引き下げが求められてもいいと思われる。

 原告団はHIV感染者の障害者認定を求めているが、厚生省は現行制度を見直す姿勢は見せていない。障害者認定が可能になれば、医療費の助成が行なわれる。難病指定でも医療費の助成が行なわれるがより福祉的な枠組みを目指すと障害者認定ということになるようだ。障害者認定はまた雇用枠の確保という狙いもある。HIV感染者であることを表明すれば、企業の障害者枠で雇用してもらえる可能性が出てくる。果たしてこれが現実的であるかどうかは疑問があろうが、HIV感染者に閉ざされている門戸開放の突破口にはなり得るだろう。感染者の就業上の選択肢が増えることが期待される。もちろん障害者としてでなくとも感染者の居住・就学・就業上の差別を禁じた決議なり立法措置も求められるべきである。

 介護の問題も深刻度を増している。これはエイズに限らないが、実質的な介護を行なわざるを得ない親族の精神的・肉体的負担は想像を絶するものがあるようだ。ボランティア団体が精力的に介護に取り組んでいるが、欧米の団体のような規模が実現できていないため介護問題の抜本的改善には至っていない。介護のプロを組み込んだシステムづくりが必要とされている。


 薬害エイズ訴訟の和解の成果は(当然のことながら)加害者から被害者への賠償的性格を持つ。それゆえ残された課題には、感染経路を問わない医療や福祉の問題が多いと言えよう。

 薬害エイズの被害者は、十年にも及ぶ闘争の末、厚生省との交渉権を獲得した。しかし、それはあくまで被害回復のための恒久対策の協議であり、必ずしも一般的なエイズ対策の交渉権を原告団が持っているわけでない。薬害エイズ問題と同様、数年の歳月が必要かもしれないが、粘り強い働きかけが必要とされている。

[草田央]


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