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保健所からのエッセー
「ボタンの掛け違え」

JINNTA(FAIDSスタッフ) 

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 私は某保健所に勤めているしがない医師であります。清水さんから何かエッセーをということで、明るく行きたかったんですが、今日はしがない愚痴を書き散らしてみることにいたします。

本日のテーマ <変な診断書>

■STD検査を強制する!

 ライフ・エイズ・プロジェクト(LAP)NEWSLETTERイラスト結構どきっとする話でしょう。

 これはでも、今の日本では日常茶飯事に行われていることなのです。それも、うら若き17、8歳の乙女(男の子もいますが、女の子が圧倒的に多い)に対して。

 このSTD検査とは実は、「梅毒検査」の話なのです。この梅毒検査は、医療系学校の入試を受けるための、健康診断書によく見られます。検査を断りますと、当然受験資格はありませんから、受験したければ強制的に検査を受けざるを得ないのです。

 梅毒だったら、ナースにはなれないのでしょうか? そんなことないよね。全然関係ない。

ということは、何の目的でやっているのかわかりません。不必要な検査と言うことになりますね

■B型肝炎のウイルスを持っているかどうかを調べることを強制する!

 B型慢性肝炎は、いわゆるキャリアの方から発症してきますので、自分がキャリアかどうか知って早く対処するのは悪いことではありません。しかし、理由も説明せず検査を強要するとなると、「すわ、人権侵害だ」と騒ぎたくなりますね。でもこれも医療系学校に多いですよ。

 B型肝炎のウイルス関係の検査には、ウイルスを持っているかどうか調べるHBs抗原検査と、免疫があるかどうか調べるHBs抗体検査があります。

 肝炎については、くわしくは福田先生の連載をみていただくとして、HBs検査を医療系職種にするのは、針刺し事故などに代表される感染予防のために、ワクチンをうって免疫をつくるとか、そういう「本人」のための明瞭な「目的を持って」、自主的に検査をするのです。

 全受験生に検査を強制して、それも「抗原検査しかしない=ウイルスを持っているかどうかだけを調べる」のは、こんなこととは関係なく、「選別(陽性者を試験で落とす)のためにやっているとしか思えない」といわれてもしかたがないような気がするんですがね。

 ちなみにHIV感染症では、厚生省から「就学時、就職時のHIV検査は行わないこと」という通知が出されております。

■そして変な診断書は横行する

ライフ・エイズ・プロジェクト(LAP)NEWSLETTERイラスト 変な診断書は、医療系学校といっても、大学や短大よりも、専門学校に多いようです。

 ひどいのになりますと、「月経が順調か不順か」とか、「初経年齢(初潮のこと)はいつか」を書くように指示しているものさえあります。

 これあたりになると、なにを考えているのかわからない。まあ「興味本位」ではないでしょうが、なにか研究のために使っているのかなどと勘ぐりたくなる。

 加えて、けしからんのは「胸部レントゲンフィルムを添付すること(「レントゲン」は死語だよ!「エックス線」だよ)」とか、「検査成績書を添付すること」とあるもの。医療系学校なのに、学校の幹部は医師法や医療法を読んだことがないらしい。エックス線写真も、検査成績書(診療録の一部である)も、診療所に保存義務が課せられているから、添付することなどできるはずがないのに(残念ながら、私のところにはフィルムのコピーの機械はないのでした)。

 もちろんエックス線写真などは、病院などに紹介したりするときに、余分なエックス線の被曝の無駄を省いたり、よくみてくださいと教えを乞うために、「お貸し」することがあります。これはすべて患者様のためでありますね。でも、「添付しなければ受験させないぞ」と言われたら、「お貸し」するしか手はありません。

 「フィルムや検査成績書を添付しろ」と言うのは、要は「おまえの書いた診断書は信用できないから現物を出せ」ということなのですね。こういう診断書に限って「国公立病院または保健所で受診したものに限る」などと、実に不埒なことが書いてある。まあ、医者を馬鹿にするにもほどがありますが、こういうのも「医療不信」の一端なのかもしれないですね。だいたい、医師の診断書は一斉横並びであって、その所属機関による優劣もないもんだと思いますが。

 診断書類は、外国だったら「M.D.(医者のこと)」のサインがあれば絶対的だそうですし、日本では医師法上はどうもそのようなのですが、実際はどうもそうなってはいないようですねえ。どうも「日本の医者はうそをつくから診断書は信用できん」と言うことらしい。

 国公立病院などは、大きなところはもう健康診断を断っていますから、いきおいこの手の診断書は保健所に集中します。が、実は、現在、保健所のクリニックは少しずつ縮小・廃止の方向に向かっているのです。ちなみに保健所のクリニックは、健康診断をするところではなくて、健康相談をするところということになっています。従って、診断書をもらうために利用するのは、実は本末転倒なのですし、そして診断書書きは完全に余分な仕事です。

 つまるところ、変な診断書というのは、要するに、本人の利益にも、診断する医者の利益にもならない代物です。加えていえば、検査を受けて診断書を書いてもらう料金もバカになりませんです。

 どうしてもこういう検査をしたり、検査成績書やフィルムを調べたければ、ちゃんと学校なりが受験者に「これこれこういう理由で検査をします」と説明して、特定の医療機関と契約して学校のお金でやってほしいものです。

■ 閑話休題・・・・・

 で、「おまえはたらたらと文句は言いながらも、結局それをやっているのだから、同罪ではないか。」・・・・・まあ、そうですね。

 「そんなに文句があるなら相手先にはっきりとえ」・・・・・はいごもっともです。

 「B型肝炎の強制検査?結局検査をするおまえも、差別の一端を担っているのだ」・・・・・そのつもりはないですが、診断書を発行している以上、弁解はできませんねえ。

 だからこのタイトルは、「ボタンの掛け違え」なんです。こういう診断書を1通書くたびに、医師としての良心が崩壊して行くような気がしますね。もう、この手の診断書を200通くらいは書いたでしょうか。

 もちろん全部説明してから(検査の説明は、当然、予防の説明もしますから、女子高校生を前に、ちゃんと「STD予防はコンドーム」も言いますよ)、いちおう検査を受ける意思を確認して検査をしてますが(無断検査ではないと言うことなのだが)、断ったら受験できないのですから、断る人はいません。

 でも、説明するうちに、ことの重大性がわかるせいか、困った顔をされたり、泣き出しそうな顔をされたりすることもしばしばあります。だいたい梅毒の検査を受けるつもりで、きてる人なんかいませんからね。

 あすはクリニック日だけど、こういう診断書のための梅毒検査とB型肝炎検査の説明と、表情のゆがんだ女子高生の顔が待っているかと思うと、ためいきが・・・・・。(了)


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