LAP NEWSLETTER

ハンセン病講習会報告

講師 厚生省 杉江拓也 

RETURN TOニュースレター第14号メニューに戻る

 1月28日にLAP講習会「エイズと肝炎、ハンセン病」が池袋保健所・エイズ知ろう館にて行われました。講師には「らい予防法廃止法案」の作成に奔走されていた杉江拓也氏(厚生省保健医療局エイズ結核感染症課)をお招きしました。  4月1日にようやく、らい予防法廃止法の成立・施行を果たしたハンセン病について、この紙面を通じて簡単にご報告します。

[構成 よしおか]

 ハンセン病とらい菌

 「らい(癩)」という病名には、古くからの偏見などが付きまとっていることから、らい菌の発見者(ノルウェーのハンセン氏、1873年に発見)の名にちなんで、今日では「ハンセン病」という呼び方が一般的になっています。
 ハンセン病はらい菌(Mycobacterium leprae)によって起こる慢性(症状は軽いが、長く続くこと)の細菌感染症です。ハンセン病では、主に末梢神経と皮膚が侵され、一見して外見に明らかな変化(結節など)を来たす皮膚病の特徴と、身体障害(知覚まひ、視覚障害など)を引き起こす神経病の特徴などに加えて、負傷による2次的な障害が加わります。こうした2次的な障害が起こるのは、知覚が鈍くなっているために、手や足に傷を負ったり、火傷をした時に、気がつくのが遅れ、怪我の状態が酷くなるまで治療せずに放置されたりすることがあったためです。
 ハンセン病は、主として、こうした2次的な障害による外見上の醜さから、古くから特殊な病気として取り扱われ、患者とその家族は多くの偏見と差別を受けてきました。

 らい菌は、結核菌と同じ抗酸菌の仲間に分類されていますが、らい菌の培養は難しく、人工培地での培養には未だに成功していません。また、人以外の動物にらい菌を感染させて、ハンセン病を起こさせることが長い間できなかったため、研究もあまり進展しませんでしたが、南米産のアルマジロが利用可能であることが分かってから、研究が進みました。しかし、自然界のどこにらい菌が存在するのかというようなことは、今でもよく分かっていません(土壌中に存在するとの説もありますし、小動物が宿主となっているという説もある)。らい菌が人から人へ感染することは事実と考えられていますが、人以外の感染源については、そもそも存在するのか否かということも含めて、まだ明らかになっていません。
 このように、らい菌については、不明の点も多々ありますが、幸いなことに、今日では治療法が確立し、早期発見と早期治療により、比較的容易に完治することができる病気となっています。

 感染と発病

 ハンセン病では、らい菌の感染とハンセン病の発病とを厳密に区別して考えることが重要です。らい菌の毒性は極めて弱く、ほとんどの人に対して病原性を持たないため、人の体内にらい菌が侵入し、感染が成立しても、発病することは極めてまれです。特に成人がらい菌に感染した場合には、らい菌に対する免疫機能が先天的に不十分な人がごくまれに発病する以外は、発病することはないと考えられています。
 感染経路としては最近では、未治療患者の鼻粘膜・鼻汁に存在する菌が排出され、気道を経て感染する経路を重視する考え方が主流となりつつあります。
 らい菌は感染しにくい菌の一つですが感染の成立には感染源(特に未治療の多菌型患者)との接触期間、体内に侵入したらい菌の量等が深く関係していると考えられています。
 発病するためには、ハンセン病にかかりやすい性質を有する人が、らい菌に感染することが必要です。ハンセン病にかかりやすい性質は、らい菌に対する免疫系の異常と深い関わりがあります(これは免疫力が高いか低いかといったこととは関係がなく、アレルギーのようにある人には反応する、ということです)。
 ハンセン病の発生率は社会経済状態の向上に伴って減少しつつあり、先進国においてハンセン病は既に終息しているか、終焉にむかっています。日本でもここ数年の新規患者登録数は年間でわずか10名程度であり、これらの人々も新たな感染者というよりは過去に感染していた人が新たに発見されたものと思われます。
 しかし、現在でも、南アジア地域を中心とした発展途上国には多数のハンセン病患者がおり、医療、生活その他の援助を必要としています。

 治療

 1943(昭和18)年にプロミン(スルフォン剤の一種)の有効性が報告され、ハンセン病の本格的な薬物療法が始まりました。昭和20〜30年代は主にプロミンの改良型のダプソン(DDS)による単剤療法が行われました。昭和40年代の後半にはリファンピシン(結核の治療薬)がらい菌にも強い殺菌作用があることが明らかになりました。
 1981(昭和56)年にWHOが多剤併用療法(リファンピシン、ダプソン、クロファジミン)を提唱してからは、多剤併用療法が主流となっています。多剤併用療法は卓越した治療効果を持ち、再発率も低く、患者に多大な苦痛と後遺症をもたらす経過中の急性症状(らい反応と呼ばれる、薬剤による一種の副作用)の少なさ、治療期間の短縮などの点で画期的な療法です。また、数日間の服用で菌は感染力を失います。
 現在では、ハンセン病は早期発見と早期治療により、障害を残すことなく完治する病気です。また、不幸にして発見が遅れ、障害を残した場合でも、形成手術を含む現在のリハビリテーション医学の進歩によりその障害は最小限に食い止めることができます。

 「らい予防法」の廃止

 以上のようにハンセン病は、現在の我が国においては、感染しても発病することは極めて希であり、また仮に発病したとしても、早期発見と早期治療により完治する病気であることから、「らい予防法」に定められていたような隔離、消毒等の予防処置の必要性は存在しません。
 国際的には1950年代に既に誤りと指摘されていた隔離政策を含む「らい予防法」ですが、1987年に全国ハンセン病患者協議会(全患協。現在は全国ハンセン病療養所入所者協議会[全療協])支部長会議がらい予防法改正に取り組む方針を決定してからは、らい予防法廃止の動きが活発化しました。1994年に全国国立ハンセン病療養所長連盟が「入所者の処遇を保障した代替立法の制定と引換えにらい予防法の廃止」を求める見解を発表し、1995年に日本らい学会が「現行法はその立法根拠をまったく失っているから、医学的には当然廃止されなくてはならない」旨の声明を発表するなどしたこと等関係団体からの声明が相次いで出され、厚生省保健医療局長の私的検討会である「らい予防法見直し検討会」の報告を受け、1996年3月27日に「らい予防法の廃止に関する法律」が成立するに至りました。

-

らい予防法の廃止に関する法律(1996年4月1日施行)解説

 今日、ハンセン病(らい)は、感染しても発病することは極めて稀な病気であることが明らかとなっているばかりか、治療方法も確立しています。このため、現在においては、万一発病しても、適切な治療を行うことによって、ハンセン病は完治する病気となっており、患者を隔離する必要は全くなくなっています。そこで、旧来の疾病像を反映し、ハンセン病患者を隔離することを前提とした法律であった「らい予防法」は、廃止されることとなりました。
 ところで、現在、国立ハンセン病療養所においては、約6,000名弱の方々が生活を営んでおり、これらの方々は既に平均年齢が70歳以上、視覚障害、肢体不自由などの後遺障害を有しています。また、療養所に入所している人々の生活は国費により賄われていますが、療養所から出て社会に復帰した場合については、生活費を自ら賄う必要があります。このため、ハンセン病に対する誤解と差別の存在も相まって、入所者の多くは自由に退所することができるにもかかわらず、長く療養所に留まり、療養所の中で生活してきました。こうした人々が今後、社会に復帰して自立するためには、国や自治体による援助を引き続き必要としています。
 そこで、「らい予防法」の廃止にもかかわらず、引き続き国立ハンセン病療養所入所者及び退所者に対する医療及び福祉に関する施策の維持継続を図ることとしています。
 らい予防法の廃止に関する法律の具体的な内容は以下のとおりです。
(1)
「らい予防法」を廃止すること。
(2)
現在、「らい予防法」に基づいて、国立ハンセン病療養所に入所している方々等に対して行われている医療及び福祉は、「らい予防法」廃止後も継続すること。
  1. 国は、この法律の施行の際、現に療養所に入所している方々に対し、療養所において、引き続き必要な療養を行うこと。
  2. 国立療養所を既に退所された方であっても、本人の希望により入所することができること。この場合、国は原則として再入所を拒むことはできないこと。また、入所後は入所者と入所者と同様の処遇を行うこと。
  3. 国は、療養所に入所している方々の教養を高め、その福利を増進するように努めること。
  4. 国は、療養所に入所している方々に対して、その社会復帰に必要な知識及び技能を与えるための措置を講じることができること。
  5. 都道府県知事は、療養所に入所している方々の親族に対して、所要の援護を引き続き行うことができること。
(3)
その他
  1. 優生保護法(母体保護法)並びに出入国管理及び難民認定法に規定する「らい患者」等に係る規定の削除すること。
  2. 厚生省設置法その他関係法律に用いられている「らい」等の語を「ハンセン病」等に改めること。


RETURN TOニュースレター第14号メニューに戻る