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人はどうやって医者になるのか[3]
一人前への道/精神科医ができるまで

都内某病院に勤める8年目の若手精神科医 浅井尚輝 

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 医学部で一通りの勉強をこなし、医師国家試験に受かっても実際には何の役にも立たない研修医。どのようにして“一人前”になっていくのだろうか。

 ■「精神科医も一通りは勉強するんですか?」

 「精神科医なんです」と自己紹介したとき、よくきかれることが2つ。「精神科医になるにも一通りは勉強するんですか」というのが1つで、「どうして精神科医になろうと思ったんですか」というのがもう1つ。
 はじめの方の質問は、たぶんTVや映画で見る「精神科医」のイメージから来ていて、ただ黙って座っているだけなのにホントに医者なのかしら、というわけなのだろう。でも実際の精神科の現場はいつもTVのように静かだとは限らず、興奮した患者や自殺未遂の患者など、急を要することも多いのである。そういうときの診察室は「医療の現場」らしく見えるんじゃないかな、と思う。

 ■「科」を決めるのは大学6年生の半ば以降

 ともかく、「精神科医」は医学部を出た「医者」です。これはよく誤解されていることなんだけど、医学部の学生時代に例えば「精神科医になるための特別なカリキュラム」があるわけではなく、何科に進む人もみんな同じことを勉強するわけ。自分がどの科に進むかは、皆漠然とは考えているだろうけれど(中には早くから、絶対ここに進むと決めている人もいるだろうが)、正式に進路が決まるのは卒業を控えた大学6年生の半ば以降になる。
 この頃になると、それぞれの科(医局)が「入局説明会」というのを開くようになる。これは「説明会」と称した、新人勧誘のための「飲み会」なのだけれど、学生は興味のある科の「入局説明会」にいくつか参加して、その科の雰囲気や具体的な卒後の研修の内容を知るわけである。そうして卒業する頃にはだいたい進路が決まっているというのが普通のパターン。中にはいろいろ見た上で、大学での研修に飽き足らず、外のより実践的な病院で医者としてのスタートを切りたいと考える人もいて、年々その数も増えているようだが、でもまずはどこかの大学(自分の出身校とは限らない)に入る人がまだ多いようだ。
 なんだか「医者一般」の話になっているけれど、「医者」である以上ここまでは一緒だから仕方ないわけです。あまり手前味噌な話ばかりではなく、こういうことも書けという、編集者の注文もあるし。

 ■「一人前」になるには?

- 個人的には精神科医は「医者だ」ということを声高には言いたくない。あまり「医者」らしくなることに対してはいつも頭の中に注意信号を点しておきたいと思う。医学が臓器を対象に細分化されていく中で、唯一人間をトータルに見れるのは精神科だけだ、という西の方のある偉い先生の言葉もあるけれど(ここまで言い切られるとまたうつむいてしまうが)、科学としての「医学」とそれからはこぼれてしまうその他もろもろとの橋渡しをするのも精神科医の仕事の1つだろうと考えている。
 ところで、この文章、「『精神科医』ができるまで」なんて大げさなタイトルをつけたけれど、ではどうなったら精神科医が「できた」と言えるのかというと、これはまた難しい問題になる。
 一般的に医学部卒業後、医師の国家試験に受かってからの研修は、昔の「徒弟制度」に似たものであることが多い。「オーベン」と呼ばれる指導医が、医師免許はもらったけれど実際には何の役にもたたない研修医を、手取り足取り教えていく。最近は複数の科を回ったりとか研修のやり方も変わってきたけれど、「技術」を伝えることが中心である以上、基本的には変わらない。そのうちにいろいろできることが増えてきて、外科なんかだと簡単な手術も任されたりして、だんだんと一人前になっていくのだけれど、精神科だと「技術」が目に見えないためその基準があいまいで、どれだけやれば「一人前」なのかよくわからない。それに慢性の、病気と長く付き合わなければならない患者さんが多いから、これは自分が治したんだと、胸を張って言えることも少ない。
 だからたいがいは、脳の生化学だとか、精神分析だとか自分の拠り所となるものを見つけていくんだけれど、これが「一人前」だという答えにはなかなか至らない。最近、学会では「精神科認定医」という制度を作ろうという動きがあるけれど、それができても、「一人前」とは何かはきっとよくわからないだろう。
 つまり精神科医というものは、外側にも内側にもアイデンティティのあいまいさを抱えているわけで、逆にこのあいまいさが精神科医の身上とも言える。精神科医になる条件を1つ挙げるとすればこのあいまいさを楽しめるかどうかであろうか。随分と自虐的な楽しみであるが。

 ■「他に行くところがなかったからねえ」

 こんなことを考えていると、最初に挙げた2つ目の質問、「どうして精神科医になろうと思ったんですか」の答えは、自分でもますますわからなくなる。日頃、実際にきかれたときには、「他に行くところがなかったからねえ」なんて答えてごまかしているが、あながち嘘でもなさそう。きっと人は、自分の生い立ちとか、物の考え方とか、そういうものに導かれるようにして、精神科医という職業を選ぶのだろう。
 他の科の医者から精神科医になる人は多いが、その逆はあまり聞かない。ここを強調しすぎると、医学のなかの精神科の特殊性、みたいなことを言い過ぎることになって、それも好きじゃないけれど、悩める人とお付き合いする精神科医もまた、悩んでいるのである。

[浅井尚輝]


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