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サンフランシスコ在宅看護視察を終えて

みちこ 

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94年9月、在宅看護の視察を兼ねてサンフランシスコに行ってきました。全行程1週間程の強行軍だったのですが、視察、観光と盛りだくさんで、心も体も(?!)太って帰ってきました。以下はその報告です。

■実際の在宅看護を視察

 今回は、「サンフランシスコ・ビジテイングナースアンドホスピス」(詳しくはニュースレター第4号参照)という団体の、実際の在宅看護を見学させてもらいました。
 ここは、在米アジア人の為のサポートグループで働いている鬼塚さんという方に紹介してもらったところで、以前そこで働いていた安田一平さんに今回の通訳をお願いしました。見学は2日に分けて行われました。
 1日目は、まず、団体の事務所を見学させてもらうところから始まりました。広さも採光も充分に取ってあって、皆が気持ちよく働けるよう、配慮されているのを感じました。

■行政の意識の違い?

 ここはほとんどが市からの出資金で賄われており、不足分は寄付金で補われて運営されています。自治体がそれほどの力をいれているなんて、日本では聞いたこともありません。しかし、日本では高齢化に従って老人医療が進んできているように、これだけエイズ医療が進められているということは、それだけ需要があるということなのでしょう(そうなってくると、需要があるのに何もしない日本の自治体はなんなんでしょうね。意識の違いかも知れませんが)。
 私たちはそこで、ここのナース(看護婦)のアビー・コナードさんに紹介されました。アビーさんは30代の女性。ここのチーフもしているバリバリのナースです。訪問前の準備をしながら、いろいろ説明してくれました。

■訪問サービスが一般的

 基本的に訪問費はもらっているが、払えない人は払わなくてもよい。それでもここがやっていけるのは、市からの援助金がカバーしてくれているからだ。なぜ、それほどまでに市がやっているかというと、アメリカで入院すると1日につき1000ドル以上かかる。しかし、訪問サービスを利用すれば1回200ドル程度で済む。また、自宅で暮らしたほうがクライアントの気力も増す。そうしたことを理由に、アメリカでは入院は24時間から数日が平均で、後は訪問サービスを利用するのが一般的になっている。
 また、ナースはソーシャルワーカーとペアで仕事をする。これは保健医療が複雑なアメリカでは大事なポイント。などなど。
 その後、私たちは訪問に出発しましたが、移動は全て車で行います(ナースの自家用車。ガソリン代は支給されるそうです)。

■患者自身が採血、点滴も

 1件目の訪問は30代の男性。サイトメガロウイルスによる網膜炎と非定型抗酸菌による肺炎を起こしています。彼の腕からは、心臓近くの動脈にいれた留置カテーテルの端が出ています。今日はそこから採血をします、とアビーさんは言うのですが、見てビックリ! 日本で採血と言えばナースが血をとりますが、ここでは、彼が自分でカテーテルの先端を消毒し自分でシリンジをつけて採血しているのです。ナースはその血の詰まったシリンジを「ハイ」と受け取るだけ。これで終わり、これが採血なのです。
 また、日本では網膜炎などには点滴をしますがそれはどうしているのですか? と質問すると、彼が自分で薬を管理して自分でつなぐのです、とのこと。勿論、それはそれが可能な人に限られます。ですから、常にその人が自己管理が可能な状態にあるかどうか、それを妨げるものはないかどうか、チェックする必要があります。

■チュッとほっぺたにキス

 2件目は40代の男性。恋人と一緒に暮らしています。  彼は悪性リンパ腫だそうで、定期的に病院で化学療法や放射線療法を受けています。その日、彼は食欲がなくてなかなか食事が喉を通らないことを訴えていましたが、すぐにその場でアビーさんは事務所に電話をし、彼に高カロリードリンク(カロリーメイトの缶のようなもの)の配達をしてもらうよう、手配していました。
 そして、不安気な彼に対して、あまり食事に関してナーバスになりすぎない様にアドバイスした上で、最後チュッとほっぺたにキスをしていたアビーさんが印象的でした。  また、同居している人へのフォローも大切です。別室でパートナーの話を傾聴するアビーさんの姿もまた、心に残っています。

■相手に合わせた対応

 3件目は20代の男性。麻薬常習者で、原因不明の腹痛、頭痛があります。また、腰のあたりになかなか治らない傷もあります。
 この男性は今までの訪問先の人達とは違って、私たちのほうを一切見ず、暗い顔をしてアビーさんと短いやり取りをしているだけでした。ずっと見ていると、アビーさんは相手によって微妙に対応を変えています。彼に対しては、厳しく、しかし判りやすく話をしていました。

■在宅看護のポイント

 次の日にはマーク・ドネルさんという男性のナースと一緒に3件を訪問しました。詳しい説明は車の中で聞きましたが、もう、聞きたいことが山のようにあって、通訳の一平さんを介すのももどかしいくらいでした。ざっとまとめると・・・

1.クライアントの自立を促す

 個人差もありますが、自分のことは自分で責任を持つという姿勢が、人間としての自信を与え、より生活の質を高めていくのではないかと思いました。
 ここでサポートされている人達は基本的に薬や体の管理は自分でします。ここにアクセスしてくる人は在宅での自己管理を希望しているということを前提として、初めにナースからオリエンテーションがあり、不明な点はいつでもナースに相談できます。ナース側も定期的にそれが到達されているか、もし到達されていない場合は何が妨げになっているのか、チェックを重ねていきます。  また、在宅での自己管理を希望するが、何らかの理由の為不可能な場合、他の方法や手段によって在宅でできないか検討されます(ここには約200人のボランティアが常時待機しています)。必要な薬やガーゼなどの物品は、ビジテイングナースアンドホスピス(以下VAHと略します)から毎週届けられ、欲しいものがあるときはいつでも請求できます。中には初めは在宅を希望しても、後に入院を希望されることや状況が必要とする場合もあります。そうした人にも対応できる様、提携先の病院には常に空きベッドが確保されています。
 つまり、ここではまず何よりもクライアントの意志が第一なのです。そうしたことが可能なのも、全ての状況に対応できる体制作りが整っているからなのでしょう。

2.ナースの責任の範囲

 日本では看護はナースの専門ですが、診断治療はドクターの役割です。基本的にはそれは変わらないのですが、どうしても判断に急を要する場合があります。そんなときは、常勤のドクター(事務所にいる)のアドヴァイスを受けながら、ある程度はナースが判断していいことになっています(どこまで判断していいのかについてはマニュアルがある)。また、死亡時はチェックシートに沿って死亡宣告もできるそうです(どこが作ったチェックシートかは聞き忘れました)。こうした仕事をこなすにはかなりの学習が必要と思われましたが、ナースたちは本物の学生顔負けの学習を重ねているようでした。

3.ソーシャルワーカーとの連携

 保険医療が複雑なアメリカではソーシャルワーカーと連携することは大事なポイントです。

4.ナースの安全保護

 アビーさんは「サンフランシスコではピザ屋までもが敬遠して配達を拒否するような地区があるけど、私たちはどこへでも行く。これを私たちは誇りにしている」と言いましたが、実際、女性が一人で行くには危険すぎる場所もたくさんあります。そうしたときには、エスコートサービスとアグリーメントというのがあります。エスコートサービスとは、女性のナースの車にできるだけ体の大きい男性(それも黒人がいい、とのこと)も乗ってもらい、エスコートしてもらうというものです。
 また、麻薬常習者の多く住む地区などでは暴動がしばしば起こります。こうしたときに、あらかじめ、クライアントから「今日は来ないほうがいいよ」という連絡をもらうことを約束するのがアグリーメントです。
 実際、こうしたことを実施して、ほとんど事故らしい事故はおこっていないとのことでした。

5.ナースのストレスマネージメント

 訪問看護、在宅看護では、一人のクライアントと長く、しかも深く付き合うことが多くなりますが、そうした人が亡くなったとき、仕事とはいえ、やはりかなりのストレスを感じるものです。
 それらをうまく消化していくために、週に1回、外部からカウンセラーを招いて、学習会やセッションを行っています。
 そのほか、ナース間で新しい情報を交換したり、様々なケースを検討したりもしています。また、悩みをうちに溜めてしまわないように、お互いにいろいろなことを話し合い、食事を共にしたりして、みんなが楽しく仕事ができるように努めている、とのことでした。
 実際、事務所では「ここが事務所か?」と思ってしまうような、和気藹々としたムードで一杯でした。
 また、アビーさんは仕事だけでなく、プライベートライフの充実も大切だと言っておられました。彼女には小さい子供さんがいるそうですが、「子供が私の人生を豊かにしてくれる」と言った彼女の穏やかで暖かい目が素敵でした。

6.死について

 VAHでは、望む人にはソーシャルワーカーも交えて、自分が死ぬまでにしておきたいことやしてほしいこと、また、死んでからのことなどを決める作業の手伝いもしています。これは、今の日本ではほとんどされていないことですが、アメリカではエイズに限らず他の病気で亡くなる場合にも一般的にされていることだそうです。
 また、ナースとクライアントやそのパートナーは、よく死について話し合う機会を持つよう、努めています。そのほか、クライアントだけでなくパートナーや家族に対するサポートも行っているそうです。

7.医療廃棄物処理

 在宅の場合、医療廃棄物は専用の容器に入れ、それを定期的に業者が回収しています。もちろん、注射針などの鋭利なものは固い容器に入れることになっています。
 また、血液の付着したシーツなどは、その消毒方法を本人、または世話をする人に詳しく説明します。が、なかなかこの辺が徹底されないらしく、現在でもいろいろと検討している途中だそうです。

8.その他

 ここに記した他に、ニュースレターや他の機関とのアクセスを通して、新しい情報に触れたり、同じ仲間と触れ合う機会を作る試みもされています。また、研究調査への参加、様々なオルタナティヴセラピーの紹介と仲介等の情報提供も行なっています。

■視察を終えて

 今回の見学で、慣れ親しんだ環境の中で、愛するものの感情的支援を最大限受けながら暮らすこと、自身の決定権を持つことがいかに心身の安定と充実をもたらすか、再確認できたように思います。  しかし、それを実現させるためにはコーディネートする側の能力と、クライアントにとってのキーパーソンの有無が重要です。
 また、今回、看護にあたっていたアビーさんやマークさんのすがすがしい笑顔にもはっとさせられるものがありました。医療に携わる人は、自分を大事にすることが下手な人が多いように思いますが、愛され、大切にされているという実感をもつことも、心のこもったケアを提供するためには必要なことだと思いました。
 しかし、こんなにメリットのある在宅看護ですが、必ずしもそれが全てではないのです。中には、病院の方が落ち着くという人もいるでしょう。大切なのは「その人の意志」です。私たちは、数ある選択肢の一つとして、今後も在宅看護、介護について深めていきたいと思っています。

[みちこ]


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