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エイズなんかに興味を持つな!?

草田央 

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 エイズというものを知れば知るほど、エイズというのは「くだらない」「ありふれた」ものだという気がしてくる。
 あなたが免疫学を専攻しているなら、エイズに興味を持って当然だ。ウイルス学や遺伝子工学にかかわっているのなら、多少なりともHIVに関心を持っているべきだろう。
 でも、そんな学問とは無縁のあなたは、なんでエイズになんか関心があるの? 致死性の病気だから? たしかにエイズは致死率の高い病気だ。でも、致死率の高い病気なんてエイズ以外にもたくさんあるんだよ。エイズだけ恐がっていて、どうすんの!?
 特効薬がないから? これまた特効薬のない病気なんて山ほどある。そもそも人類は、いまだ体内に感染したウイルスを排除することに成功していない。あなたの体内には、インフルエンザウイルスをはじめとして、あなたが今まで経験した様々なウイルスが生きているのである。ウイルスを死滅・排除させる意味でのエイズの特効薬の登場は、他のウイルス感染症と同様にあまり期待できない。ウイルスを排除できないまでも、健康を回復できる意味での特効薬でいえば、「難病」と呼ばれる数多くの病気はすべからく特効薬がない。しかしながら、他の病気と同じように、エイズには様々な治療薬があるのも事実である。水虫や風邪の特効薬が存在しなくても効果的な治療ができるのと同様、エイズもコントロール可能な慢性疾患になりつつある。
 HIVは感染するから問題なのか? エイズは最も『感染しにくい』部類に入る感染症である。
 性行為感染だから? 性行為感染症には、梅毒もヘルペスもクラミジアだってあるじゃないか!? 致死率が高く、特効薬がない、性行為感染症だからか? 肝炎も肝臓ガンに移行して死に至る病であり、特効薬がない性行為感染症なんだよ。なんでエイズだけ大騒ぎしなきゃなんないのだろう。

 「エイズには特効薬がない」「教育のみがワクチンだ」として、エイズ教育が叫ばれている。そして、ヘルパーT細胞がどうのこうのといった難解な免疫学から始まって、専門的知識がご講義されている始末だ。そんな知識が、いったい何の役に立つというのだ。
 感染予防に関して言えば、HIV特有の感染予防対策などはない。他の性行為感染症と同じでしかないのだ。ならば「性行為感染症教育」は必要だと言えるが、エイズだけことさら強調した教育など、それ自体が偏見に基づいているとしか言えないだろう。
 感染予防のためのコンドーム使用にしても、性行為感染症や妊娠の問題を含め、パートナーとの関係性の中で使用する、しないが決められるべきなのだ。パートナーとのよりよい関係を作れるようにとの性教育は重要だ。そして、パートナーとの十分なコミュニケーションの中でコンドームを「使わない」という決断が下されたとしても、それは尊重されるべきなのだ。それはHIV感染者であっても同じことで、そういう意味ではエイズの問題とは無縁の話である。
 ただ、これだけエイズに関する誤解や偏見が蔓延している、エイズ特有の状況というのは考慮しなければならないかもしれない。しかし、誤解や偏見を列挙する形での啓発では、また新たな誤解や偏見・懐疑を産み出すことにしかならないのではないか。そもそもエイズに限らず、様々な感染症や疾病に関する基本的知識が乏しいのが現実だ。エイズに対する誤解や偏見は、様々な疾病に対する誤解や偏見の繰り返しでしかないのだ。たとえ、エイズに関する誤解や偏見がなくなったとしても、他の疾病に関する誤解や偏見がなくなるわけではない。ならば、エイズだけの知識啓発ではなく、健康指向の中でタブー視されてきた疾病に関する知識啓発こそが本筋ではないのか。「病と共に生きる社会」が実現できてこそはじめて、エイズに関する誤解や偏見も解消するのである。

 エイズは典型的「慢性感染症」である。わが国には、ハンセン氏病、結核を始めとする慢性感染症対策の歴史がある。そして、それらの反省も踏まえたそれなりのノウハウも存在するはずである。ところがエイズ予防法をはじめとして、わが国のエイズ対策は他の慢性感染症対策と隔絶したところにあるように見える。
 治療や発症予防対策といった包括医療の視点を欠き、感染予防のみに特化した対策が行なわれている。これは、社会防衛にのみ固執した対策であり、しかも科学的に効果がないことが立証されているものでもあるのだ。
 感染予防対策の柱でもあるサーベイランスの非科学性は、何なんだ。疫学でもウイルス学の専門家でも、またエイズ診療の第一線にいるわけでもないリューマチの専門家・塩川優一氏をトップに掲げたサーベイランス委員会。いまだにハイリスクグループによる区分を金科玉条としている。両性愛者は「その他」に区分されているそうで、それゆえ性行為による感染者数は発表資料から読み取ることができない。また、特定の感染経路(血液製剤)を除外した世界にも例をみないサーベイランスでもある。
 かつて塩川委員長自ら「そろそろ売春婦(から感染者)が出た方がいいと思うのだが、売春婦(の感染者)はおらんかね?」と探しまわったとの風聞がある。また、塩川委員長が外国人の血液サンプルを無断で抗体検査していたスキャンダルを忘れてはならない。塩川委員長が報告した日本の第一号患者にしても、すでにアメリカでエイズ診断されていた患者との報道もある。こうした恣意的な委員長のもとで行なわれているサーベイランスに、どこまで科学的分析を期待できるのであろうか。2ヶ月毎に発表される委員長のコメントにみられる分析も、主観的・恣意的といわざるを得ない。

 慢性疾患としてエイズを見てみれば、そこに必要な医療・福祉・社会保障等々の施策は、老人医療や成人病、難病、障害者等々に求められている施策と同一のものと言っても過言ではない。
 しかし医療一つとってみても、非科学的な恐怖心から診療拒否が横行しているのが現状である。医療従事者のHIV感染予防対策にしても、わが国に感染者が多数存在するB型肝炎対策で十分とされていることから、HIV特有の感染予防対策は存在しない。また、エイズ治療にしても、免疫不全に伴う日和見感染など、なにもエイズ特有の疾患ではなかったのである。エイズ登場以前から、また登場以後も、老化に伴う免疫不全や臓器移植に伴う免疫抑制、極度の栄養不良や先天的な要因等による免疫不全症候群は存在した。そして、その治療は行なわれてきたのである。
 近年、インフォームド・コンセント(説明と同意)など医療現場では患者の権利を認める方向に進まざるを得ない状況にある。しかしながら、横行している無断検査なども、まさにこういった動きに逆行するものである。
 日本も欧米並に治療体制が充実してくれば、患者・感染者の延命も可能になってくるだろう。すると、いまだ治療方法が確立していないエイズ脳症が問題になってくるだろう。その問題は、現に日本で精神障害者が社会的にどう扱われているかを見ることで、予測可能だ。

 エイズと引き合いに出されることの多いハンセン氏病やスモンなどの患者が味合わされてきた(そして現に味わっている)辛酸を知るに連れ、弱者排除の血も涙もない日本の風土に愕然とさせられる。が、(私も含めて)あたかもそんな人達など存在しないかのような意識を皆が持ち、目をそらし知らぬふりを決め込み、安穏とした生活を送ってきたのだ。そしてもちろん、そういう態度が非人道的社会状況を助長してきている。
 自分には関係のないと思っていた弱者排除の社会体制は、病を得たり障害を持ったり老いなどのハンデを背負った途端、牙をむいて襲いかかって来る。そして誰もが最後には社会から抹殺されてしまうのだ。こんなことを繰り返していていいのだろうか。

 ことさら「エイズ、エイズ」と騒ぐ必要は毛頭ない。エイズの問題は、すべての社会的問題とつながっているのだから。逆にエイズ固有の問題など皆無に等しいか、少なくとも他の問題に比べれば些細なことでしかないと思う。
 なのに「エイズ、エイズ」と叫んでいる人達の多くは、いたずらに問題を矮小化し特殊化し、その主張は主観的・感情的でしかないように思われる。もっと冷静に視野を広くもって合理的・科学的に考えようよ。特に知識人の皆さん!いいかげん基本に戻って、自分の主張の愚かさに気付いてよ。
 ねぇ、もぅ馬鹿騒ぎはやめて、ちゃんとやろうよ‥‥。

[草田央]


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