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HIV感染は“死”を意味しない

草田央 

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  ようやく日本でもエイズに関する知識が普及しつつある状況である。しかしながら、専門的立場であるはずの医療関係者も含めて、まだまだ偏見が根強く残っている。健康であることを絶対視する価値観を捨てられず、単なる病気にすぎないエイズを科学的・客観的に見つめることができなくなっているのだ。
 たとえば「エイズは必ず死ぬ病気だ」ということの異論を挟む人は少ないだろう。エイズについて様々なことが言われているが、“死の病”という前提は共通の基盤となっている。しかし、これは真実ではない!

50%以上が10年以上の潜伏期を持つ

 まず、感染と発病を区別するところから話を始めよう。エイズウイルス(HIV)感染症は発病までの潜伏期間が非常に長いことを特徴としている。今のところ平均10年というのが一般的だが、50%以上が10年以上の潜伏期間を持つと言われている[*1]。潜伏期間中は、他人に感染させる力は持っているものの、まったくの健康体であるといって差し支えないだろう。ほとんどの場合、エイズウイルスに感染しても10年20年も健康でいられるのである。
 死かも、発病を遅らせる発症予防は急速に進歩して、どんどん潜伏期が長くなりつつある。
たとえエイズウイルスを体内から排除するという根本治療が実現できなくても、発症に至らず天寿をまっとうできるようには早晩なることだろう。
 あなたが今感染したとしても、あなたの発病は来世紀になる計算だ。あなたはきっと“死ねない”に違いない。

治療法の進歩で生存期間の延長も

 しかし、公表されている感染者数は氷山の一角にすぎず、日本でも数十万人の感染者がいるとの推計もある。そうすると、発病とともに感染していたことが判明するケースが増えてくることだろう。発病してしまえば、必ず死んでしまうのか?
 たしかにエイズは致死率の高い病気である。発病すれば2年以内に80%が死亡するというデータもある。が、逆に言えば20%の人たちは発病後2年以上生きていられることを意味している。しかも、このデータは少し古い。1986年の段階でも発病後の生存期間は平均14ヶ月となっている。治療法の進んでいるニューヨーク市では、発病しても5年以上生存している人が15%にものぼっているともいう[*2]
 闘病生活は決して楽なものじゃない。が、一つ一つの症状を軽快させる治療法も確立してきており、入院しっぱなしでは決してなく通院がメインとなっている。そして、治療法の進歩で生存期間の延長も大いに期待でき、慢性病として捉えることの方が妥当となってくるに違いない。

誤ったレッテル

 エイズは、その死亡率の高さから“死の病”というイメージが固定してしまった。が、病気の原因が特定できなかった時期に死亡率の高さ(生存期間の短さ)は、試行錯誤で誤った化学療法を行なったせいだとの指摘もある。原因となるウイルスも特定されている現在、死亡率は低下しつつあるというのが正しい認識であろう。
 エイズウイルスの属するレトロウイルス群は、本来<宿主>と共存することを特徴としている。エイズウイルスの潜伏期間が長いのもそのせいである。エイズ患者の死は、体内に生存しているウイルスにとっても死を意味する。したがって、致死量の高いタイプにエイズウイルスは自然淘汰されていきことも予測される。変わり身の早いのもエイズウイルスの持ち味だ。他のレトロウイルスと同様に、致死率の低いものに変異していくことを予測する学者もいる。
 かつて<死>の代名詞だった結核や梅毒で死亡する人は、いまやほとんどいない。心臓にペースメーカーを埋め込んだ人の寿命は、既に平均寿命を上回っているという。ガンでも4割以上が治癒しており、白血病も治療が可能だということに皆さんもそろそろ気付いてきているだろう。エイズにも<死>のレッテルを貼ることは誤りなのである。
 ペストが蔓延したヨーロッパが壊滅しなかったのと同様に、エイズで世界が滅びることは決してないと断言できる。

あらゆる病気や障害を許容していく社会

 しかし一方で、根治療法が存在する淋病や梅毒が根絶されないように、エイズの根絶も不可能だと言わなければならない。ワクチンの開発は、ウイルスの蔓延に歯止めをかけることはできるだろうが、根絶することまではできない。今後私たちは、何十年もエイズと共存していかなくてはならないのである。老齢化社会を迎え、誰もが、病気を抱えることを宿命付けられているといっても過言ではない。若くても現在のストレス社会は、肉体的・精神的に私たちを痛めつけている。エイズを含めてあらゆる病気や障害を許容していかなくては、生きていけないハズである。  <永遠の健康>など幻想にすぎない。ならば、安心して病気になれ、障害を抱えても幸せに生きていける社会こそ目指さなければならないものである。
 病気そのものは医学の発展でどんどん改善されていくことだろう。残る恐怖は、<死>のイメージに躍らされた人たちによる偏見と差別である。多くの患者・感染者が「自分が死ぬんじゃないかということよりも、社会から拒絶されてしまう恐怖が大きい」と述懐している。
 エイズに<悪魔>のお面を被せているのは、あなた自身なのかもしれない。「恐ろしいエイズ」の実体はエイズウイルスではなく、人々の心の内にある。エイズの撲滅とは、偏見や差別の根絶を意味しなければならない。

[*1]NHK出版『エイズ危機』p.89
[*2]別冊宝島172『エイズを生きる本』p.60〜71


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