LAP NEWSLETTER

「非営利」に関する考察

草田 央 

RETURN TO25号目次に戻る

  ■営利が悪で、非営利が善? 非営利って何?

 薬害エイズの再発防止をめざして血液事業法(仮称)の制定を審議している中央薬事審議会の企画・制度改正特別 部会では、原告団らが血液事業の非営利原則の徹底を主張している。「献血血液によって製造・供給される血液製剤については、利潤が生じるということは倫理的に許されない」というものである。それゆえ、血液事業の国営化や公益法人による供給一元化などが提案されてきた。しかし、いわば「営利が悪で、非営利が善」といった主張には、厚生省だけでなく経済学者などからも批判が出されている。

 本年(一九九八年)三月一九日、特定非営利活動促進法(NPO法)が成立し、同月二五日に交付された。実際には、各都道府県において条例ができる一二月以降の受付けと言われる。現代は「非営利革命」とも言われる時代だ。では、その「非営利」とは何なのか。新しい時代に向けて、今こそ冷静に考えてみたい。

 ■一.使命目的

 「非営利」とは、「営利目的ではない」という意である。一般 的に営利企業は、利潤の最大化を目的にしていると考えられる。非営利は、そうではない。では、何を目的に行動するのかというと、それは「団体の理念」であり「社会的使命」であるという。ここにこそ、営利企業と異なる非営利団体(NPO)の存在意義がある。

 しかし「使命」とは、組織に属する一人ひとりの内面に存在するものであり、外部から客観的に観察することは難しい。営利企業といえども、社会の一員として社会的使命を重視しながら活動しているところも多い。一方、日々の活動に追われ、社会的使命など忘れてしまいがちなボランティア団体も多いというのが実情であろう。

 ■二.非分配制約

 経済学的な「非営利」の唯一の定義と言えるのが、「収入から費用を差し引いた純利益を利害関係者に分配しない」ということである

 「非営利」と言えども、経済社会の中で活動しようとすれば、さまざまな費用をねん出しなければならない。会報を出すにも、印刷費や郵送料が必要だ。電話を引けば電話代がかかる。事務所を借りれば、家賃だって払わなければならない。そのため会員を募り会費を徴収したり、寄付や助成を求めたり、バザーをやったりといった収入を得る必要がある。

 営利企業である株式会社などの場合、利潤は配当などといった形で株主などに分配される。非営利団体は、この分配を行なわない(制度的に行なえない)団体を指すのである。では、利潤が生じた場合、どうするのか。次なる使命の達成のために再投資したり、内部留保にまわすことになる。

 したがって、「非営利」だからといって、その活動から利潤が生じないことを意味しない。血液事業において、「利潤が生じるということは倫理的に許されない」ので非営利とするべきだ、という主張は、「非営利」の経済学的定義からすれば誤りであるということになる。

 ■三.給与等による分配の制限

 利潤の分配を行なわないのが「非営利」だとしたら、赤字決算を繰り返している日本の中小企業のほとんどが、非営利活動ということになってしまう。しかし、赤字の会社でも、実際は社長や従業員の給与といった形で利益の分配が行なわれていると考えられる。したがって、厳密に「非営利」だと言うためには、そうした形での分配も否定されなければならない。

 けれども、これにはさまざまな考え方がある。「まったくの無償であるべきだ」とする考え方。「(法定の)最低賃金以下であるべきだ」とする考え方。「平均的な賃金水準までは認められるべきだ」とする考え方。「無制限であってかまわない」とする考え方。

 では、実際はどうなっているのかというのが知りたいところだが、この点についてはちょっと調べつくせなかった。アメリカでは、NPOと言えども、専門的な技能を有するスタッフに対しては正当な対価が支払われているという話もある。それゆえ、年収が一千万円、二千万円というNPO勤務者もいるという話である。株式会社の場合、株主総会等々で経営に対してさまざまな意見をさしはさまれる。それを嫌う企業が、NPOに転身し、実際には給与という形で利潤の分配を行なっているという意見もある。一方、意思決定権を持つ理事に関しては無報酬の制限があり、それにより利潤の分配が回避されているという話もある。

 日本では財団法人にしろ社団法人にしろ、天下り先として高額な給与が支払われていたといったスキャンダルが報じられることがあるぐらいだから、おそらく無制限なのだろう。

 ただしNPO法では、「役員のうち報酬を受ける者の数が、役員総数の三分の一以下であること」との条件を付している。

 ■四.収支均等制約

 「非営利」活動で収益が生じてもかまわないといっても、それは営利活動のような「利潤の最大化」を目指したものではない。使命達成のため、できるだけ供給(サービス)を拡大しようという誘因が働くと考えられている。一方、損失が生じるまで供給を拡大することは、営利企業以上に避けなければならない。非営利活動は営利活動に比べて、資金(資本)の調達が自由でないからである。株式会社なら株式市場や社債の発行などにより資金の調達が可能だ。しかし非営利団体ができるのは、せいぜいが役員からの借金ぐらいだろう。日本の財団法人の場合、基本財産の取り崩しすら認められていない。したがって非営利活動では、常に収支均衡が課せられていると考えられる。ただし、国営企業のような場合、赤字は一般 会計から補填されており、収支均等制約は存在しないと考える方が妥当だろう。

 収支均衡点まで供給を拡大するということは、営利企業の利潤最大化行動よりも供給拡大の誘因が強いことを意味する。けれども、必ずしも「供給の拡大」がイコール「使命の達成」にならないことに注意しなければならない。また営利企業であっても、(短期的な)利潤の最大化ではなく、(長期的視野に立った)シェア(市場占有率)の拡大(維持)を目指すことは多い。その場合、非営利活動と同様に、過剰供給に陥る危険性がある。

 薬害エイズの場合、競争的な各製薬企業の利潤最大化行動によってもたらされたわけではない。むしろ、横並びの意識の上で、各企業のシェア維持行動により、安全性より供給維持が選択された結果 だと考えられる。特にフランスの薬害エイズは、公共団体もしくは公益団体によってもたらされた。いずれも「非営利」である。血液製剤がすべて汚染されているとわかったとき、それでも「血液の安定供給」という使命達成のため、供給のストップではなく供給の維持が選択されてしまったのである。薬害エイズの要因を「利潤追求の結果 」と見るのは、短絡的で必ずしも適切ではないと考える。

 エイズ・ボランティアの創世期においても、参加しているHIV感染者の数の多さが、ボランティア団体の自慢であったことがあった。感染者の奪い合いが、団体間で展開されたこともある。感染者が追い込まれている社会的窮状を何とか救おうとの使命を考えれば、一人でも多くの感染者の参加を目指すのは、むしろ当然とも言えよう。しかし一方で、たった一人の感染者にさえ適切なサポートを提供し得なかったという状況もあった。

 このように収支均等制約のある非営利活動には、常に供給拡大の誘因がある。収支均等制約の働かない国営企業などでは、さらに過剰供給の誘因が働くと考えられる。そして、それは利潤最大化行動である営利活動より、質を軽視しがちだとも言えるかもしれない。

 ■五.信頼性

 情報の非対称性が存在する場合、営利よりも非営利の方が信頼されやすい傾向がある。

 たとえば献血を考えてみよう。献血者は、献血した血液が、その後どのように扱われるかの情報をほとんど与えられていない。その場合、営利企業である血液製剤メーカーより、非営利組織である日本赤十字社の方を血液事業の担い手として信頼に足る団体と考えがちである。カナダ赤十字のように、薬害エイズの責任が追及され、情報が公開された結果 、非営利と言えども信頼を失墜して血液事業からの撤退を余儀なくされる場合もある。  

 経済学的に考えれば、献血由来の血液事業と言えども、営利か非営利かが問題なのではなく、いかに効率的に運用して「パレート最適」を達成するか、ということになる。そして、最適な分配を達成するには、営利の方が有利であると考えられる。しかし、(情報の非対称性が存在するため)献血者は非営利を選好する。これも無視できない現実である。

 HIV感染者のサポートといった社会福祉領域においても、情報の非対称性は存在する。それゆえ、営利よりも非営利の方が信頼されやすいということは指摘できるだろう。

 ■六.第三セクター

 非営利領域は、行政を「第一セクター」、民間を「第二セクター」と呼び、「第三セクター」とも称される。

 民間の市場原理に委ねると「見えざる手」に導かれ、最適な分配がなされるとアダム・スミスは考えた。しかし、市場原理に委ねただけでは、最適な分配がなされないケースが多々見られるようになった。これを「市場の失敗」と言う。公害や薬害は、その典型例と言うことができる。

 そこで、「市場の失敗」を回避するために、行政の役割が重視されることになる。しかし、近年では行政も「政府の失敗」と称される事態に陥っている。行政は価値観の多様化に対応できず、画一的・硬直的・非効率にならざるを得ない宿命を帯びている。そのため、最適な分配・福祉の増進が達成されないのである。

 「市場の失敗」「政府の失敗」を修正する第三極として登場し期待されているのが、「第三セクター」である非営利領域である。この「第三セクター」の登場が、「非営利革命」と称されるゆえんであろう。したがって、行政から独立し、市民社会を担う一翼として機能することがNPOの要件の一つと考えられている。

 しかし、日本の場合、非営利セクターに分類される財団法人にしても社団法人にしても、行政の許認可権に基づいており、実質的には行政の管理下にあると言える。ボランティア団体にしても、行政の廉価な「下請け」になってしまっているケースが少なくない。ましてや、行政や民間と互角に政策を提言できる団体は、皆無に近いといっても過言ではないだろう。

 ここで言う「政策提言」を行なう第三セクターには、反対や非難のみを繰り返す運動体は含まれていない。「第三セクター」は「第一セクター」や「第二セクター」と対立するのではなく、協調して最適な分配(福祉の増進)を達成することが求められているのである。かといって行政の関与を期待するのではない。自給自足的な体制の中で、行政や民間とも競合しつつ、折り合いをつけていくといったところであろうか。一種の役割分担である。その意味では、行政と対立する形式の社会運動の方が、行政の関与(責任)を求めた主張であるのと対照的だ。

 ■行政と互角に張り合えるだけの能力を

 血液事業法論議の中での非営利原則の徹底を求める声は、国営化にしろ公益法人による供給一元化にしろ、むしろ公的(行政)関与の拡大を求めるものであって、この場合の「第三セクター」には当てはまらないだろう。薬害エイズの要因を、行政がすべての情報を把握し、民間を完全に監督・規制下に置いた上で生じた「政府の失敗」と捉えるならば、注意が必要である。もちろん、今まで血液事業における行政の責任が明確でなかったことが、「市場の失敗」の修正を政府が成し得なかったことの大きな要因の一つであろう。が、政府にだけ頼ったのでは、血液需要の多様性や適正使用などにこたえることは、「政府の失敗」がある限り難しいと言えるだろう。  HIV感染者の支援という点では、ようやく障害者認定により「第一セクター」が登場したと言える。これは大きな進歩だ。しかし、それだけでは必ずしも最適な分配が達成されるわけではないというのが、前述したところである。支援が何もないところで、「ないよりはまし」というボランティア活動のレベルから、行政と互角に張り合えるだけの能力がエイズ・ボランティア団体にも求められる時代になったと言えるだろう。

 ■「第三セクター」への流れは歴史の必然

 「非営利」を「善行」と結びつけて、無条件に「良いもの」と考えていた人が多いだろう。しかし、それを冷静に定義づけてみれば、以上のようなことになり、そこにはメリットもデメリットも存在する。したがって、過度に非営利に期待を寄せることは禁物であろう。「第三セクター」においても、「非営利の失敗」が観察される事態がやって来ることも、十分あり得るのである。  しかし一方で、「第一セクター」「第二セクター」だけでは、今や機能不全に陥っていることも明らかである。阪神・淡路大震災以降、日本でもNPOへの流れは、おしとどめようにもない。エイズにおいても、(未成熟とはいえ)これだけボランティア活動が広がりを見せているということは、「第三セクター」への流れは歴史の必然であるのかもしれない。  けれども、それは行政や民間企業と同様の責任も負わなくてはならないことも意味する。

 ■NPOが負わなくてはならない責任

 例えば「情報公開」。行政は納税者に対して責任を負い、株式会社は株主に対して責任を負う。ではNPOは誰に対して責任を負うのだろうか。それは漠然とした「市民」というものに責任を負うしかない。対象が間接的で漠然としているため、NPOの活動は不透明になりがちだ。しかし、市民に対して説明責任(アカウンタビリティ)を負うということは、行政や民間企業以上に透明性のある活動をしなければならないことになる。そうでなければ、行政と同様に、市民の信頼を失うことになるだろう。信頼を失えば、非営利活動なんて、デメリットばかりの活動でしかない。「情報開示」をしたらしたで、情報の非対称性が失われ、無条件の信頼の獲得が失われるかもしれない。そうすると、ますますその活動の本質が問われることになる。

 ボランティア活動にしても、「ボランティアだから」という理由で免責される時代ではなくなってきている。営利活動と同様の注意義務は課せられており、過失があればボランティアと言えども責任を問われることになる。海外では、献血でも、虚偽申告があれば罰せられることがある。

 「自己責任の時代」だと言われる。他力本願は通じなくなったのだ。市民社会の中に自分を位 置づけ、冷静に、でも積極果敢に、社会的使命を達成することが、一人ひとりに課せられているのだと思う。

[草田央]
E-MAIL aids◎t3.rim.or.jp
◎を@にしてください
ホームページ http://www.t3.rim.or.jp/~aids/


RETURN TO25号目次に戻る