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保健所からのエッセー
エイズ教育の周辺1〜ヘルスプロモーション考〜

FAIDSスタッフ JINNTA 

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 ■まずは言い訳から

 さて、前回で予告いたしましたエイズトークの話ですが、地元コミュニティエフエム局でかなりつっこんだエイズトークを行って、また、身近な友人をエイズで亡くされたアーティストさんたちのトークもはいっていたのですが、反響が……ない。ということであまりこの話は書けません。
 なぜ反響がないのか…。それはいくつか考えられます。

○テーマが重すぎて…(トークのお相手のアナウンサーさんが「重 たいけどやりたかった」と言っていたっけ)…「ご意見ご感想」 があっても、なかなか文章にできない
○文字通りあまり関心がないため。自分の身近な問題としてなかな か認識されない。
○コミュニティ放送なので、聴取者が少ないから
○やっぱり避けたい…という気持ちが働いているのかな
○みんなこころでは感じるものはあるけど、シャイだから…と言う
 希望的観測

 一方、講演会などでの反響は? というと、この1年で…若い人向け…ではなくてどちらかというと30代から40代向けのエイズ講演を結構やりました(中学生向け、高校生向けも少しはやりましたけど)。皆さん、結構真剣に聞いておられます。つまり、手応えはあるのです。
 と言うことで前回の予告が果たせなかった「言い訳」をちょっとして、本題に入りましょう。

 ■ヘルスプロモーション考

 次頁の文章は、私がある自治体の住民向け広報誌に執筆した(まだ発行されていませんが)ものです。今回はこの原稿をネタにすこしお話ししてみましょう。


とある自治体の住民向け広報誌より

 今回はエイズ教育や性教育に必要とされる社会の援助について、性に関するトラブルを防ぐためには何が必要かという点を中心に、私の経験から述べてみたいと思います。
 エイズや性感染症の予防、避妊、といった話になりますと、ついつい、医学的な面とか予防の技術ばかりに目をとらわれて、その土台にあるいろいろなことがらを忘れてしまいがちになります。
 保健所では、エイズや性に関する相談をお受けしています。そこでの多くのエイズに関する相談事や、性に関する困りごとは、単に個人が予防できなかったという「失敗」という範囲を超えているのが現状です。
 私は仕事柄、エイズや性のトラブルに関する相談をかれこれ百回以上お受けしておりますが、これらの相談に共通したこととして、エイズや性に関する病気の心配や、望まない妊娠などを未然に防ぐ行動がとれなかったのは、「知らなかったため」、あるいは「知っていても関心が呼び起こされず、自分のものとして結びついていなかったため」という場合があります。これらは、自分が当事者になるということを知らなかったためおこっているわけです。そしてもう一つは「予防が必要とは思っていても、行動できなかったため」という場合があり、これは、多くは性パートナーとの人間関係など、自分ひとりでは限界のあることがらによっておこっています。これらの相談事は、いずれも悩み困ったあげくに相談に来られているのが現状です。
 これらの困りごとは、単に個人の問題、個人の責任としては片づけられないたくさんのことがらが関係しています。たとえば、性に対する情報はいろいろなものが氾濫しています。たとえば週刊誌をめくればたくさんの性情報がありますが、その中には正しくない知識や、営利目的のために都合良くゆがめられた情報、性に対する偏見に基づく情報もたくさんあります。エイズや性の相談には、このような情報に振り回されて、その結果、悩み、苦しんでいる人たちがたくさん来られます。ことに、「予防が必要とは思っていても、行動できなかった」という失敗は、女性が男性の偏見に基づく言動に振り回され、自分で自分を守ることができなかったという場合が多く含まれています。性に関するトラブルは、こういった女性に対する偏見や男女の不平等に基づくものも少なくありませんが、それらは間違った情報が作り上げてしまったものとも言えます。
 現実問題として、思春期にある子どもたちは、それらの性にまつわる情報を好むと好まざるとにかかわらず目にしてゆくことになるのですが、その情報がきちんとしたものなのかを判断し、自分の行動を自分で決めることができなければ、エイズや性の病気を予防したり、望まない妊娠を避けることはできません。これには、科学的に正しいとされる知識をきちんと伝達することや、考える習慣を身につけること、自分のことを他人任せにしないで自分で決められること、やさしさや思いやりをはぐくむこと、自分の思っていることをちゃんと表現し、相手に伝える力を養うことなどが必要になります。それには、学校と家庭が協力し、エイズや性について真正面からじっくり話ができる社会をみんなで作ってゆくことが重要です。
 エイズ教育に対する理解を深めてゆくには、住民のみなさんの援助が不可欠です。今後ともエイズ教育へのご理解とご支援をお願いします。


 エイズに限らず、健康的な暮らしというものを送るには、個人の努力だけでは限界があります。一日一日を有意義に、よりよく暮らしてゆくためには、暮らしやすい社会(世間と言ってもいいかな)を作り出してゆかなければなりません。これは個人と社会との共同(協働)作業です。この文章は、実は、そのことが言いたかっただけかもしれません。

 ■WHOの定義

 さて、エイズ業界(というより公衆衛生業界ですが)ではかなり一般的な考え方に、「ヘルスプロモーション」と言う考え方があります。東京都のエイズ対策はこの理論で行われたと言われていますが、このヘルスプロモーションとはWHOによれば以下に定義されます(偉い学者さんたちや公衆衛生活動家の方々の受け売りですが…)。

「人々が自らの健康をコントロールし、改善することができるよう にするプロセスで
1.個人が健康を増進する能力を備える
2.個人を取り巻く環境を健康に資するように変える(改善する)   を2つの柱とする」ものです。

 エイズ対策に当てはめてみますと、たとえば私たちが描く夢(目的)は「新たな感染を起こさずにすむ社会」「PWAがいきいきと暮らしてゆける社会」といったようなものでしょう。たとえば新たな感染の予防でみれば、「能力を備える」とは予防ができる能力(性行動に関する「自分」をきちんと持つ、コンドームを「きちんと」使える)を持たせることです。PWAの生活で見れば、自己決定に基づく納得した医療を受け、自立した生活ができる能力を持たせることになります。しかし、個人の能力を高めるためには、個人の努力だけではとうていできるものではありません。個人を取り巻く環境を変えてゆく必要があるのです。新たな感染の予防をしてゆくには、感染予防の行動を迎え入れる「世間」をつくり、性に関するさまざまな偏見を取り除く努力をし、コンドームが手に入りやすくし、コンドームが使えるための教育、そしてそのことを推進する活動(行政の活動とか、医師や看護職、学校の先生をはじめとした専門職集団の活動とか、NGOやCBOの活動)が必要となってきます。PWAの生活で見れば、「医療体制の整備」「ケア・サポートの充実」「差別偏見の除去」というおなじみの言葉が並ぶことになります。
 しかし、これらが単なるセリフではなく、実際に行われなければ意味がありません。つまり、「言わなければならない」けど、単に「言うだけ」でもダメだし、行動のための方法を考えてゆかねばなりません。

 ■5つの具体的な戦略

 ヘルスプロモーションではこれらを行動にうつすため、以下の5つを具体的な戦略と位置づけています。

1.健康的な公共政策づくり
2.健康を支援する環境づくり
3.地域活動の強化(住民参加の必要性)
4.個人の技術の開発(新しいアイデアと方法論の開発)
5.ヘルスサービスの方向転換

 これらについては一つ一つ解説してみたいのですが、今回は紙面の関係もありますし、とりあえず項目だけをあげていきまして、次回以降にゆっくりとお話ししてみようかと思います。

 ■3つのプロセス

 そして、ヘルスプロモーションでは具体的なプロセスとして次の3つをあげています。ただし、解説文は私見です。

1.唱道(Advocate)
 文字通り、道を説くことです。
 現状をお話しし、きちんと必要な情報を提供し、方向性を示すことで はないかと思います。

2.能力の付与(Enable)
 能力をもつためのアプローチです。個人の技術の開発や地域活動の強 化の項目を具体化するプロセスでしょう。

3.調停(Mediate)
 目的を共有して、みんなが協働するために行う連絡調整や保健計画の ことと思います。

 そしてこれらの戦略やプロセスが実際にどのようになっているかを評価することが夢(目的)の実現の第1歩となります。
 こう見てゆくと、私はほんのささやかな活動ではありますが「唱道」をやっているのかな…、と最近思うのです。みんなで大きな夢を描ければいいですね。
 次回はもっと掘り下げてお話をしてみたいと思います。

 ■追伸

 能力の付与の話? に引っかけて…
 コンドームを使えないというゲイの方が相談にみえられました。それはいざコトに及ぶときの雰囲気が災いして、「コンドーム」を言い出す間がとれないと言うことなのです。「ちょっとガサガサするけど、コンドームをお尻に貼っておいたら」とお話ししましたが…。何か名案があれば教えてください。

JINNTA[FAIDSスタッフ]
ホームページ http://homepage3.nifty.com/hksk/jinnta/


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