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避妊ピル認可とエイズ

草田央 

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 97年10月28日、中央薬事審議会医薬品特別部会は、経口避妊薬としての低用量ピルの有効性・安全性を確認する見解をまとめた。これを受けた中央薬事審議会常任部会では、98年2月に臨時の常任部会を開き、産婦人科医や教育関係者から意見を聴く方針だ。一般からの意見聴取の必要性も主張されたが、12月17日の会合の段階では、意見聴取の方法について決まらなかった。
 いずれにしても認可に向けて、最後の意見表明の機会が迫っている。読者の積極的な意見表明を期待するためにも、今までの経緯と論点をエイズとのからみでまとめてみたい。

 ■「経口避妊薬」の是非

 日本では、月経困難症等の治療薬として認可された、五〇マイクログラム以上の合成卵胞ホルモン(エストロゲン)の含まれている中・高用量ピルが、約五〇万人に投与されている。そのうち二〇万人〜三〇万人が、医師の裁量により避妊目的に転用(目的外使用)されていると推測されている。
 諸外国で避妊目的として幅広く使われてきた中・高用量ピルは、当初は製造コスト削減を目的として、副作用が問題となってからは副作用低減目的で、エストロゲン含有量を減らす研究が続けられた。エストロゲン量が五〇マイクログラム未満のものを「低用量ピル」と称し、この日本での認可が今回問題となっているのである。今や世界の中で認可していないのは、日本だけであるという。
 まずここで注意しなければならないのは、今回が初めての「避妊目的」での認可問題であるということである。認可推進派の中には「中・高用量ピルよりも低用量ピルの方が安全性が高いのだから認可すべきだ」との主張がある。しかし、中・高用量ピルは月経困難症等の治療薬であり、低用量ピルは避妊薬である。単なるモデル・チェンジではなく、日本での「経口避妊薬」の是非が論議されていると言えよう。
 また逆に、低用量ピルの副効用(月経障害の軽減、子宮内膜症の防止、卵巣ガンの予防、ニキビの治療など)が喧伝されている。しかし、これらの効用を目的として認可申請されているわけではない。これらの副効用は嘘ではないが、それらの効果を目的とした医薬品としては必ずしも適切とされているわけではない。だからこそ避妊薬としての申請なのではないだろうか。
 避妊薬は治療薬ではない。今回は、製造・輸入・販売での認可申請であり、健康保険薬としての認可が問題になっているわけではない。推進派には保険薬としての認可を求める声もあるが、健康保険制度の趣旨(出産や不妊治療、もちろんコンドームも保険の適用となっていない)を考えれば、経口避妊薬としてのピルの保険適用を求めるのは論外と言えよう。
 以上を、論議の前提として、おさえておいてもらいたい。

 ■コンドーム使用率低下を危惧する声

 わが国での低用量の避妊ピル認可の動きは、まず一九八五年に日本母性保護医協会と日本産科婦人科が、臨床試験の要望書を厚生省に提出したことに始まる。厚生省は「経口避妊薬の医学的評価に関する研究班」を設置し、一九八六年から八九年にかけて約五千人を対象にした臨床試験が行なわれた。そして、一九九〇年七月に製薬企業からの認可申請がなされている。
 中央薬事審議会配合剤調査会で審査が行なわれていたが、一九九二年二月、「公衆衛生上の見地」を理由に突然審議が凍結された。審議が再開されたのは、一九九五年四月のことである。審議が中断されていた一九九四年には、ちょうど横浜で国際エイズ会議が開催されていた。国際会議を意識しての凍結だったのかどうかは定かではないが、エイズが理由の審議中断ではあった。
 昨年十月末現在、わが国の累積患者数は一、七〇五人にすぎない。これは、世界のHIV感染状況と比べると例をみない少なさで推移していると言える。例えば、感染予防に成功したと言われる英国の昨年九月末現在の累積患者数は一四、七二六人にのぼる。日本の患者数の少なさは、きわだっているのである。
 なぜ、わが国では患者・感染者数が少ないのだろうか。残念ながら、科学的に説得力ある分析を拝見したことはない。また、その分析を可能にするような調査も不十分だ。しかしながら、多くの人が指摘するのは、わが国のコンドーム使用率の高さである。
 一九九六年の毎日新聞全国家族計画世論調査によると、わが国の既婚女性のコンドーム使用率は七七・二パーセントに達する。一九八八年のある調査によるとアメリカでは、エイズの登場でコンドーム使用率が急増したとは言え、一五パーセント弱でしかない。避妊ピルの解禁で、日本の感染率の低さの基盤であるコンドーム使用率の高さを崩してしまうのではないかと危惧する向きが多いのである。

 ■「ピルもコンドームも」

 審議を再開した中央薬事審議会配合剤調査会は、一九九六年十一月、有効性や安全性とともに各国のピル使用率とHIV感染状況などからエイズとの関連性が薄いとの結論を出した。調査会では、欧米のピル使用率とHIV感染状況との相関関係は見出せなかった。ただ、アフリカの売春婦で相関関係を記す事例が二つあったと言う。
 ピルは、HIVの感染予防に無効である。したがって、ピルとHIVとの間に関係性があるとすれば、HIVの感染予防に有効なコンドームとピルとの間に関係性がなくてはならない。つまり、ピルの使用率上昇が、コンドーム使用率の減少につながれば、ピルとHIVとの間に関係が見出せるようになるはずだ。
 しかし欧米では、エイズの登場でコンドームの使用率は上昇したものの、ピルの使用率は減少しなかった。アメリカでは、ピルの使用率は三〇パーセント前後に維持されていたのである。エイズ登場以前からピルの使用率が高かったため、多くの女性はピルに加えてコンドームを使用したものと考えられる。「ピルは避妊のため、コンドームは性感染症予防のため。ピルもコンドームも」と言われるゆえんである。アフリカの場合は、それほどピルの使用率が高かったとも思えないし、経済的理由も加わって、ピルの使用率の増加がコンドームの使用率の減少につながっていたのかもしれない。

 ■HIV抗体検査とピル認可がリンク

 配合剤調査会の報告を受けた中央薬事審議会医薬品特別部会は、昨年二月二五日、さらに公衆衛生審議会に意見を求めることを決定した。それに対して公衆衛生審議会は、六月一六日、「性感染予防の意識が低い現状では、(ピル解禁は)感染者が増える恐れがある」と指摘し、(一)性感染症予防の重要性についての一般への啓発(二)処方する医師によるカウンセリングの徹底と性感染症検査の充実(三)ピル解禁後の性感染症の動向調査などを条件として、解禁を容認する報告書をまとめた。
 避妊ピル推進派からは、エイズを理由にした審議凍結などに対し、永らく「ピルとエイズの問題とは話が違う」と反発が続いていた。しかし、エイズの問題解決が避妊ピル認可には避けて通れない情勢となったことから、新たな理論武装に迫られたと見える。例えば、社団法人日本家族計画協会クリニックの北村邦夫所長は「避妊薬として低用量ピルを認可し、医師の処方の過程でのチェックを行えば、症状の現れないクラミジアなどの検査、治療にも結び付き、STD対策の効果もある」と主張している(一九九六年十一月十七日付『読売新聞』朝刊二二頁)。
 昨年一月、日本産科婦人科学会、日本性感染症学会、日本エイズ学会など六団体も、ピル認可後、医師が処方する際に性感染症を検査し、感染している場合は治療後に服用するなどとするガイドラインをまとめている。公衆衛生審議会の報告を受けた中央薬事審議会医薬品特別部会でも、ピル承認の条件として、医師の処方で投与した後、使用者に性感染症の検査を勧め、製薬会社が行う副作用の市販後調査でも性感染症の動向調査を盛り込むことを決めた。
 こうしてHIV抗体検査とピル認可がリンクしてきたのである。WHOは、ピルの処方とHIV検査をリンクさせようとする日本の動きに対して、警告を発してきているとも聞く。

 ■妊婦は兵士や子供同様「管理しやすい集団」

 感染症(感染者)を管理しようとした場合、特にHIVのような未発症の期間が長期にわたる感染症の場合、全ての国民に検査を行なう必要がある。誰が感染者かは、検査しない限りわからないからだ。しかし、そのような対策は現実的ではないため、管理しやすい集団に対してのみ行なわれる傾向が強い。最も管理しやすいのは兵士だ。義務教育課程にある子供たちも管理しやすい対象だ。永らく予防接種が子供たちにのみ義務づけられていた一つの要因でもある。病院の管理下に置かれている患者も管理しやすい集団と言える。血友病患者など(無断検査により)HIV検査率の最も高い集団だ。
 それと同様に、妊婦も管理可能な対象として挙げられることが多い。昨今、妊婦検診の血液検査項目にHIV抗体検査を含める動きが大きく拡がっている。もちろん本人の同意を前提にしているが、そこには誘導や強制が多く見られる。さらに抗体陽性ともなれば、検査を実施した病院で出産することは不可能に近い。まだまだ抗体陽性の妊婦を受け入れる産婦人科病院は限られているのである。
 そして今度は、ピルである。もちろん今度も、本人の同意を得た上での検査ということになる。しかしそこには、「もし感染者がピルなど飲んでコンドームを使用せず、感染症をまき散らしたら困る」という本音が垣間見える…と言ったら邪推だろうか。日本のエイズの歴史は、血友病患者や男性同性愛者への迫害もあったが、常に女性を感染源として危険視してきた歴史でもある。避妊ピルの認可が、女性管理への手だてとなることを危惧するのだ。

 ■既婚女性の71%超が「使いたくない」

 「避妊の選択肢が増えることは望ましい」との主張がピル認可推進の根幹をなす主張だが、はたしてそうだろうか。避妊方法にはペッサリーやIUDもあるが、もはや消滅の危機で、逆に選択の幅は狭まってきている。性交渉の後に一度飲むだけで避妊効果のある「モーニングアフターピル」といった避妊法もフランスで開発されているが、一瞥さえされていない。なにゆえにピルだけが推進されるのか。
 しかもピル解禁を望む声は、女性たちよりも医師や製薬企業からの方が大きいのも事実である。なにせ五千万人とも言われるピル市場である。避妊ピルが解禁されれば、一大キャンペーンがはられることは間違いない(アリバイ的に、性感染症への注意が付け加えられながら)。避妊ピルが認可されても、現在コンドームを使用している人はコンドームを使用し続けるよう指導がなされることになっている(コンドームに加えてピルを服用するのが建前だ)。避妊ピルを期待する女性の声があるとすれば、それはコンドームの代替としてであるのが現実だ。本当にコンドームの失敗率を補うためだけに避妊ピルが用いられるなんてことがあり得るだろうか。それだったら、モーニングアフターピルの方が実用性が高いのではないか。
 前述の全国家族計画世論調査でも、既婚女性の七一・八パーセントが低用量ピルを「使いたくない」と回答している。しかもこの数字は、年々増加してきている。この理由を、認可推進派の人たちは「無知からくるもの」としているが、それだけで片付けられるのだろうか。解禁されれば、啓発と称するセールスが行なわれるのだろうが、これは血液製剤を必要としていなかった血友病患者にまで非加熱製剤の自己注射を指導して歩いた構図と似ているのではないか。
 たしかに低用量ピルの短期服用の安全性は立証されている(もちろん副作用はあるが、避妊効果と比べて軽微であるという判断だ)。しかしまだまだ長期連用の安全性については、将来、変更を迫られる事態もあり得るかもしれない。例えば、更年期障害にもエストロゲンは用いられ、その安全性は副効用(骨粗鬆症・心臓病の予防)とともに永らく信じられてきた。けれども昨年、二十年間の追跡調査によって、十年以上の長期連用では乳ガンの発生率が増加することが判明し、その安全神話にかげりをもたらしている。避妊ピルを否定するわけではないが、「ピルは身体によい薬」「発売されたら、ぜひ使ってください」(某女医談)とまで断言するのは明らかに言い過ぎだろう。
 薬害の歴史から考えてみても、、薬で身体をコントロールしようという発想は想像以上にリスキーであると言える。その意味では、既婚女性の七割もの人が低用量ピルを「使いたくない」とする漠とした不信を持っているのは、無知どころか極めてまっとうである。認可するとしても、厳しい広告規制などの措置が必要であろう。

 ■未成年者や障害者の場合

 もっとも健康な成人女性が、自らの意思で選択する分には、実はそれほど問題ではない。たとえ宣伝や医師の誘導があったとしても、無知ゆえの選択であったとしても、自己責任が自由主義社会の基本となりつつある。考えなければならないのは、未成年者や障害者の場合だと主張する者がいる。
 未成年者は概して、産婦人科には行きづらい(認可されても医師の処方箋が必要で、店頭では販売されない)。そこで暴力団が介入し、ピルが覚醒剤とともに販売されるようになると心配する向きもある。また、障害者の子宮摘出が問題になっているが、今度はピルで障害者の生理を管理しようとする動きが出てくるのは必至とも考えられている。こうしたことへの配慮なしに、「選択の幅が拡がる」「リプロダクティブ・ヘルス・ライツ(性と生殖に関する健康と権利)」と叫んでみても、空虚にしか響かないのだ。

 ■意見表明を

 さて、多くの男性が女性問題ゆえ口を閉ざすか無関心である中で、(いつものことながら)生意気にも多少の意見を述べさせていただいて、議論の題材を提供してみたつもりだ。男性が口をはさむのはタブーの雰囲気すらあり、反論(反感)をお持ちの方も多いだろう。もちろん、私にお寄せいただいても、逃げ隠れせず拝聴させていただくが、私が許認可権を持っているわけではない。できれば、厚生省なり中央薬事審議会へ積極的に意見表明されることを期待するものである。

[草田央]
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