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「HIV感染症はゲイにとって一番大きな問題」
G-men編集長、長谷川龍男インタビュー

清水茂徳 

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セックスに行動的な読者層が多いという『G-men』はHIVについて最も力を入れているゲイ雑誌だ。
セーファーセックス、生活、医療、三つの視点でHIVの記事を毎月、掲載している。
実際の行動に一番近いところで情報を発信していくことが大事という長谷川龍男編集長に話を聞いた。

『月刊ジーメン』はどんな雑誌なんですか?

 
基本的にはポルノグラフィーを中心としたゲイ向けの雑誌です。ゲイであることの中で重要な点は、ヘテロセクシャル(異性愛者)と異なる部分、つまりセックスだと思うんです。だから、そこを真正面からとらえた雑誌にしたんです。表現は写真、イラスト、マンガ、小説など様々ですが…。
 日本のゲイ雑誌は、風俗誌として成立した背景があります。それに正直言ってセクシャルなエンタテイメント、つまりポルノグラフィカルな部分がないと媒体として、商品として成立し難いんです。

読者層はどういった人が多いんでしょうか?

 ジーメンはマッチョに対するセクシャルファンタジーの強い人たちを対象とした雑誌です。ゲイの人たちの間では『野郎系』といわれています。読者傾向としてはセックスという部分において行動的な人たちが多いと思います。もちろん年輩の方からまだ他のゲイに会ったことがないという若い人たちまで含まれていますが、主に二十代と三十代がボリュームゾーンです。

HIVについて最も力を入れているゲイ雑誌の一つと聞くんですが。

 自分たちゲイにとってのセックスの「楽しみ」の部分とあわせて、マジメに自分たちのセックス、セクシャリティを考えることが必要だと思うんです。エッチを楽しく、エッチをマジメにというのがジーメンの編集方針です。
 そんなことが自然にできるようになるためにはゲイが社会的に解放されていくことが必要なんです。ただ、もっと差し迫った現実としてSTD(性感染症)であるHIV感染症は僕たちにとって一番大きな課題であると思います。ですから当然、HIVに関しては誌面の中でもかなりのパーセンテージを割くべきだと思っています。

セックスに行動的な読者の多いジーメンがHIVを熱心に取り上げていることの意味は大きいですね。

 日本のゲイアクティビズムに一番欠落していたと感じていることのひとつなんですが、大事なのはHIVの問題を「現場」に対して拒否感なく伝えていくことだと思うんです。セックスを実践する人たちの感覚からかい離した情報の流し方をしてもダメなんですよ。この病気は性感染症である以上、セックスが感染の機会になり得るわけですから、そこに密接につながっていく。読者と同じ目線で情報を流していかなきゃならない。HIVを社会の問題として捉えていくことも大切なんですが、「これはセックスに関わる、僕たちゲイ一人ひとりの健康の問題だ」という視点が必要なんじゃないでしょうか。

では、具体的にはどう伝えていったらいいのでしょうか。

 ゲイのセックスを肯定的に捉えて、その上で、HIVやセーファーセックスの情報を伝えていくことだと思います。そうすることではじめて自分たちの問題として受け止めてもらうことができるんです。ゲイであるというアイデンティティの大きな部分の一つは性指向がどこに向かうかということですから、それを否定するようなニュアンスが含まれたメッセージは当然、拒絶されてしまいます。だから僕はポルノグラフィの要素の中にそうした情報が入っていることが重要だと考えまして、約三百の編集ページのうち、毎月四〜五ページがHIV関連の記事になっています。

毎月どのような記事を載せているのですか?

  セーファーセックス、HIV感染者の生活情報、そして医療情報という三つの柱で構成しています。
 観念的な記事ではHIVの恐怖感やネガティブなものを解消できないし、自分たちが直面している問題を現実的なものとして伝えることは困難です。HIV感染症の実像を伝えていくには、医療がここまで進んできている、というような具体的な情報が必要だと思います。去年、プロテアーゼ阻害剤が導入されたときにHIV診療が進んだというポジティブな情報がようやく少しだけ流れましたが、それ以前は発症予防も日和見感染症の対処療法もないような八三年ないしは八五年当時のイメージがそのまま引きづられていた。情報を発信する側の認識がその程度だったんです。ところが現実には日和見感染症予防の技術も進歩し、抗HIV薬もかなりの数が出ていたわけですよ。それが伝えられていなかった。差別、偏見をなくそうとただいったって、なくなるわけがない。むしろ具体的な現実を知っていくことで変わっていくのではないでしょうか。
 恐怖感、絶望感などで形づくられていた八十年代のエイズ観から九十年代のエイズ観に。さらにプロテアーゼ阻害剤ができた今、二十一世紀のエイズ観という視点で僕らは捉えていかなきゃいけないんです。
 もう一つは自分が感染していることを知ったときに、自分が持っているゲイ雑誌のバックナンバーを見ることである程度治療のビジョンを持てる状況を作りたいんです。そうすれば告知を受けたときの「落ち込み」を乗り越えることも比較的早くできると思います。たぶん、告知後の一番の問題はいかに落ち込みを乗り越え、積極的な治療姿勢を形成していくかなんですよ。ゲイ雑誌のバックナンバーの中から医療情報が集められる、それはコンドームと同じだと思うんです。欲しいときに手を伸ばせばそこにあるという状況を作っておくことが大事なんです。

生活情報はどのような内容なのですか?

 二月下旬に発売される号は障害者認定を解説します。一月までは半年ぐらいかけて、HIV感染者の恋愛とセックスについて「ラブラブカップル」「恋人募集中の会社員」「淫乱野郎」「モテモテおネエさん」など様々な実例を含めて取り上げていました。
 感染しても当然、セックスは楽しめるんですが、「エイズによってセックスを奪われる」と思い込んでいる人がけっこういると思うんですよ。しかも「セックスを奪われることが死ぬことよりも怖い」という人が。ゲイは思春期の頃に自分の性的指向がまわりの人と違うということで自分自身の性的な行動をかなり抑圧してることが多い。二十代、三十代になってようやく自由に動けるようになった。ところが自分がHIVに感染しているとしたらまたセックスができなくなっちゃうんじゃないか、この恐怖感はかなり大きいと思います。死ぬというのはけっこう抽象的なことなんだけど、セックスをするというのはかなり具体的なことですから。だから感染していても恋愛もセックスもできる、ということをセーファーセックスの情報も含めて伝えたいんです。
 検査も受けないで、自分が感染しているかどうかを知らない人がノーガードでやっているのと、感染を知っている人がちゃんとセーファーセックスをするのとどちらが世の中にとって、また自分にとって、あるいはネガティブな人にとってリスクがあるのかといえば前者のリスクの方がよっぽど大きいんですよ。その現実をもっとしっかり見て欲しいと思います。

生活情報以外のページでもセーファーセックスについて取り上げているんですよね。

 メイルスクランブルといういわゆる「通信欄」に毎号一ページ載せています。通信欄とは手紙の回送サービスで、読者同士の「出会いの場」なんです。恋人募集とかガッチリ野郎求む、といった読者からの百文字程度のメッセージを誌面に載せ、それに対する返信を編集部が回送しています。そのコーナーの中に「ジーメンはスケベな出会いと安全なセックスを応援する」と題して具体的なセーファーセックスの方法と連載コラムを載せています。先ほどもいいましたが、実際の行動により近いところで情報を発信していくことが大事なんだと思います。

HIVに関する状況について感じられていることはありますか?

 発症してはじめて感染を知る人の割合がこんなに多くていいの? と思いますね。何か症状がでないと検査をしないという状況があって、それは絶望的なエイズ観による部分があると思うけど、もう一つ現実を見つめようとしないという姿勢の問題がある気がします。自分自身の健康の現実を見ない。特に死に関して過剰反応してしまう部分があるのかもしれない。だけど早期発見、早期治療をすることで、かなりの発症予防ができるわけですよ。十年から二十年という期間で。考え方によってはだけど、そんな大した病気じゃないのかもしれないですよね。
 ただ、ここで気を付けなきゃいけないんですが、プロテアーゼ阻害剤を特効薬だと勘違いしてノーガードでセックスをする人がアメリカで増えてきているんです。若い人たちは三十代、四十代の人がバタバタ死んでいった時代を見ていない。エイズがリアリティをなくしてきていて、若い層の感染率が上がっている。でもHIVは健康の問題であって、病気になることは誰だって楽じゃない。その現実も伝えていかなきゃいけない。
 もう一つ気になるのは、ディープキスで感染した例が報告されていましたが、あれは本当に本当に稀なケースだと思うんです。なのにそこだけをピックアップして大騒ぎしてしまう。それとアメリカではオーラルセックスは平気だよ、という感覚になっていたんで、「CDCに報告された三十五万八千例のうち十数例がオーラルで感染したとしか考えられない」という報告を大きく取りあげる。オーラルセックスで感染する可能性が論理的にはあるということはとっくの昔に言われてたわけですよ。リスクをゼロか百でしか考えない人が多いんだけど、じゃああなたは飛行機事故が起こるリスクがあるから飛行機に乗らないの? というね。セーファーセックスを短絡的にイエスかノーかだけで見ていくのは怖いと思います。エイズフォビックな人たちがもっともらしい数字を出してきて警鐘を鳴らすのは基本的には違う動機があるんじゃないかと僕は感じています。

アメリカではこの病気の支援活動をゲイがリードしているという印象があるのですが。

 アメリカのエイズアクティビィズムはゲイがそれを前に進めていって、ヘテロセクシャルの人たちに広げていった。それがアメリカ社会にゲイの存在を認めさせていく力にもなってきたと思います。ただ、それは自分たちの問題として切迫してたから動いた。その結果、ヘテロセクシャルの人たちにもその方法論が役に立った、という流れなんですよね。だからゲイを認めさせるためにエイズ、っていう発想だと効果のある活動はできないんじゃないかと思います。
 僕らが行動を起こした結果として日本の中にゲイの存在が明確な形で受け入れられて認められるようになるのは素晴らしいことだと思います。そのためにはまず脚下照顧。方法論の違いでケンカしてもしょうがない。当面の大きな目標のためにまず動くべきところは動け、と。どういう戦略をとるかはそれぞれのNGOや人によって違ってくると思いますが、小さな違いは置いといて大きなところで協力し合って動かなきゃいけない時期にきていると思います。
 ただアメリカのやり方をそのままでは上手くいかないというのはいくつかのケースで実感しているんで、やはり日本なりのやり方をどう構築していくかが重要な問題じゃないでしょうか。

今後もHIVに関する働きかけは続けていくんですか?

 これはもう、ジーメンが発行されている以上、あるいはエイズが僕たちの健康の大きな問題である以上、ずっと誌面でも誌面以外でもやっていかなきゃいけないと思います。ゲイコミュニティにもジーメンのエッチな楽しい部分と、現実のセックスとHIVの問題というレベルとでいろいろなイベントを仕掛けていこうと思っています。


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