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医療費負担の実際(1998年1月)
医療費負担と感染者たちのふところ具合

岡部翔太 

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HIV診療の医療費は高いって言うけど具体的にはどのくらいの負担なのだろう。HIV感染者はどれくらい医療費を払っていて、どのくらいのふところ具合なのか。
 僕も含めて数人の感染者にインタビューしてきました。今回は定期的に通院しているケースのみで、入院時などのことはまた改めて取り上げたいと思ってます。
 抗HIV薬の薬価はいくらなのか、初診の費用は?何を切り詰めている?もし医療費の負担がなかったら何に使う?などなど興味津々の(失礼)のレポートです。

 ■20年で1,600万円なり

 しつこいようですが、またまた登場の翔太です。やっとこの前の連載で面倒臭い原稿書きも終れると思っていたのに、また書くはめになってしまいました。ノーギャラよ、ノーギャラ!
 前回の連載が終って、海外に遊びにいったり、もちろん仕事も続けております。そうそう、あれ以来、また仕事が増えまして、徹夜続きの毎日で、とても感染者のする仕事とは思えないほど、忙しい毎日を送っています。ありがたいことです。たまに、忙しすぎて壊れることがあるけど、まあ、普段は『穏やかで優しい翔太クン』なので、許してください…っと、誰にメッセージ送ってんだか(またかとお思いでしょうが、関係ない話でもしないと、原稿なんて埋まらないのです。だから、もう少し続けましょうっと)。
 みなさん、お元気でしたか? 僕は相変わらず元気です。しぶといっすね〜。なかなかくたばらんのです。中途半端に元気なもんだから鬱陶しいとか、面倒臭いと思ってしまう。病院に行くのをやめるわけにはいかないし、高い医療費払い続けなくちゃならない。そんなところに、4月から導入されるであろう障害者認定の話題がやっと具体化されつつあるのです(チョット本題に近付いたゾ!)。障害者認定がどういうものかという難しい話は他の人に振って(きっと誰か書いてくれますよね?)、ここでは実際に感染者がどれくらい医療費を払っていて、どのくらいのふところ具合なのかというところを、僕も含めて数人の感染者にインタビューしたので、そのへんどうなってるの? というところを書いてみようかと思います。(フ〜、これで1ページ位埋まった?)

 ■薬価ってどれくらい?

 みなさんも病院に行く事はあると思うんだけど、風邪をひいたときにもらう薬や湿疹ができたときにもらう軟膏の薬価って知っててお金払ってます? 知らないですよね。僕も知らないです。そんなこと気にしながら会計でお金払いませんよね。でも、抗HIV薬の薬価は知ってるんです。ナゼだか分かります? そう、『高い』からです。この病気は情報が大切だと言われています。その情報の一つとして薬の情報、その薬の情報の一つとして薬価も知っている、という人もいるでしょうが、請求金額の高さに驚いて薬価を知ったり、薬価を知った上で、財布の中味と相談しながら薬を決めたりしている人も少なくないと思います。たぶん、世間的にも、HIVの治療費が高いということは知られていると思います。それでは、実際にどれくらいするのでしょうか。

[表1]抗HIV薬の薬価表 1998年1月現在
[表1]抗HIV薬の薬価表 1998年1月現在

  • ネルフィナビルは98年3月6日に承認されました。薬価はサキナビルと同額の1錠188円70銭。3錠づつ1日3回飲むのも同じなので1カ月の薬価も同額の5万949円(2割負担で1万190円、3割負担で1万5285円)です。
  •  [表1]を見て、どう思うかはその人の経済状況や関心度によると思いますが、割と高額であるかと思うのでないでしょうか。それに、これは薬だけの値段なので、CD4数やウイルス量などを測る検査料や、再診料などがプラスされるし、また、サイトメガロの検査のために眼科にかかったり、カリニ肺炎予防のための治療や検査、その他いろいろプラスされるのです。
     最近では『3剤併用』が常識になりつつあります。ですから、例えばAZTとddCとインジナビルを併用した場合、一カ月2割負担で4万7006円、3割負担で7万508円になるのです。実際には、高額医療制度などを利用すると思うので、これほどかかりませんが、単純計算すると、2割負担だと十年で、564万720円、二十年で1128万1440円、3割負担だと二十年でな〜んと1692万1920円。ワオ、自分で計算してみてビックリ! ひと財産できます。値下がりした中古ワンルームマンションなら簡単に買えるんじゃないでしょうか。
     ここで問題なのは、この病気は、治療を続けなければならないことです。ということはこの高い医療費を払い続けなければならないのです。
     医学が進歩して、発病するまでの期間がどんどん延びていることは喜ばしいことですが、性的接触などによる感染者にとって医療費の負担は続くということです。『自業自得』という意見も耳にしたことがありますが、その代償にしては重すぎると思いませんか?

     ■どうヤリクリしてる?

     翔太くんの場合は、まず収入から医療費を引くところから始めます。僕の場合は、前回の連載でも書いたように、フリーで仕事をしているので、毎月、毎年、その時々で収入が違うので、見積もりが難しいのですが、だいたいの見当をつけて、そこから、家賃やら、生活費やら、光熱費を割り出していきます。
     なんて、書くと切り詰めてつつましく生活しているのかと思われるでしょうが、実際には今は医療費はタダ(厳密に言うと再診料だけ)です。これはコア治験というものを受けているからです。治験には『コア治験』と『拡大治験』があって、『コア治験』は治験対象薬、抗HIV薬、検査料、副作用が出たときの入院費(入院はしたくないけど)等が無料で、『拡大治験』は対象人数が多く、治験対象薬と抗HIV薬が無料になるものです(検査が無料になっている人もいるんだけど全員が無料かは調査不足で分かりませんでした。誰か教えて!)。僕は今、AZTと3TCとネビラピンの『コア治験』なので、治療代無料ということです。ただし、これは期間が決まっているので、ず〜っと無料という訳ではありません。お間違いのないように。
     以前、どうしてもお金がなくてAZTを4錠から3錠にしてもらったことがありました。それで極端に体調が悪くなったということはなかったけれど、薬を減らした不安はかなりのものでした。
     それでは、僕のケースばかり書いて他の感染者も同じだと思われても困るので、数人の感染者にも聞いてみました。

     ■和馬クンの場合

     和馬君は今、薬は何飲んでるの?
    「AZTと3TC。治験じゃないから、自分で払ってる。一日にAZTを4錠と3TCを2錠、それと検査料を合せて2割負担で2万9800円」
     そうか。給料から考えて、医療費ってかなり負担?
    「すげー負担! そんなに給料良くないし、その中から毎月約3万円近く出ていくんだから…。ボーナスでその穴埋めに充てても追いつかないよ。でも、会社がすごく理解してくれて、休日扱いにしないようにとか、保険組合から戻ってくる自己負担金の6割分を先にだしてくれたり、給料を減らさないようにやりくりしてくれるから助かってる」
     そうそう、運営状態のいい保健組合は自己負担金の一部を戻してくれるんだよね。彼の話を聞くといつも本当に勇気づけられる。彼は会社に自分が感染している事を話している。会社もそれを理解して対応をしている。本当なの?と疑いたくなるほど、彼の会社の人たちは理解を示している。HIVに感染していても、その人材が必要ならば解雇する必要はないとはわかっていても、感情的になかなか理解するのは難しいものだと思います。僕だってこんなケースを実際に目にしたのは初めてだもん。でも、これが特別なケースじゃない社会だったらいいなと思います。きっと、和馬君がそれまで築いてきた信用と人柄だよね。僕も和馬君って好きなんだな〜。
     医療費を割り出すために、生活の中で何を一番削ってる?
    「交際費かな。食事は何でもいいし、安く済まそうと思えば抑えられるからね。飲みに行ったり、デート代とかの交際費を一番削ってる」
     うん、うん。確かにそうだよね。でも、いくら食事は何でもいいと思っても、ちゃっと栄養は取ってよ。身体が資本なんだから。

     ■純さんの場合

     純さんは、医療費はどのくらいですか?
    「AZTとddCとインジナビルの3剤併用だから、2割負担で約4万4000円。治験はサキナビルの時だけだから、ずーっと、自己負担してる」
     そうか。3剤併用が当たり前でもその金額じゃ気安く出来ないね。医療費を安くする工夫とかってしてる?
    「高額療養費制度を上手く活用してる。一月に約6万円以上になるように、月一回の通院なんだけど、月の初めと終りの2回病院に行くようにしてる」
     そういう方法があるよね。高額療養費制度とは、収入によりますが、一カ月の医療費の自己負担分が6万3000円(住民税非課税世帯は3万5400円)を超えた場合、その超過分のお金が戻ってくる制度です。一年のうち4回目からは3万7200円(同2万4600円)に設定されます。
     でも、3ヶ月は6万円、その後は3万円は払わなければならないのですから、いくらそういう制度を使っても、かなりの負担である事には変わりありませんが…。
     医療費を割り出すために、生活の中で何を一番削ってる?
    「交際費と洋服代。もともと洋服をたくさん買う方じゃなかったけど、それ以上に買わなくなっちゃった」
     そうなんだ。いつもちゃんとした格好してるから、そんな風には見えなかったけど…。土台がいいから何着ても似合うんだね。

     ■タケルさんの場合

     タケルさんって何割負担?
    「2割負担。でも今は、AZTと3TCとネルフィナビルの治験だから薬代と検査代は無料。だから今は楽だけどね…」
     でも、ネルフィナビルの治験も一月で終わっちゃったんだよね。承認されたらまたお金がかかっちゃう。
     タケルさんみたいな高給取りでも医療費って負担?
    「高給取りじゃないよ! 収入がいくらあったって、この病気の医療費は負担に決まってるだろ! それに病気だからって貧乏臭い生活なんて出来ません!」
     そ、そうですか。失礼しました。
    「それに、この病気って若い人が多いからね。親の援助を受けづらいだろうし、親元を離れて暮している人は家賃とか払って、医療費も払うっていうほど給料貰っていないだろうし。大変だと思うよ」
     やさしいね。若い人のことまで考えてくれるなんて。頼れる兄貴って感じっすね。
     タケルさんは何を削ってる?
    「交際費と娯楽費。食費は落としてないよ。安っぽいもの食いたくないし、食事くらい高いっていう意味じゃなくて、いいもの食べたいよ」
     そうか。やっぱり交際費を削るんだね。で、娯楽って何?
    「なんか、変なこと想像してるだろ。映画とかビデオとか本とか、そういうことだよ」
    いやいや、別に変な意味じゃないんだけど…ハハハ。インタビュー終ったら、オフレコでいい所教えてね!

     ■みんな大変なのであ〜る

     みんな、医療費は負担だと思っていて、それなりに工夫したり、やりくりしたりしてるみたいです。今回インタビューした人たちは、割と上手く生活している人たちだと思います。和馬君は会社の理解があるし、純さんは医療費を安くする工夫をしているし、タケルさんはあくまでも僕からみればだけど豪華な暮しぶりをしている。それでも、やっぱり何かを犠牲にしてるという感じはいなめません。
     交際費は一番最初に削るんだね。これって、チョット寂しい気がします。交際費を削るということは、友達との接点も減るし、社会との接点も減るということだからね。
     今回のインタビューでチョット面白い結果だったことが一つあって、『今払っている医療費や払うであろう医療費が無料になったとして、その浮いた分のお金は何に充てると思う?』と聞いたところ、3人とも『貯金する』と答えたんだよね。『この先どうなるか分からないし、一応貯めておかないと…』ということでした。なんか意外というか、予想通りというか、結構、みんな堅実なんだなと思いました。削ってる部分に充てるんじゃないんだね。
     と、思っていたところ、いたいた、期待を裏切ってくれる人が。  「僕は遊びに使う」
     はいはい、その答えを待っていました。(でもチョット意地悪に)そう言ったの泰ちゃんが初めて。みんな貯金するって言ってるよ。
    「貯金してもこの先どうなるか分からないし、楽しい事を優先する。僕が楽天的すぎるのかな〜」
     いや、そんなことないと思うよ。それはそれでいいと思う。でも、この先どうなるか分からないから貯金する人もいるし、楽しく使う人もいるんだね。
    「そういう翔太はどうなの?」
     ゲッ、切り返された。僕は、今回インタビューする方なので…。そうだな〜、どうするって聞かれたら『貯金する』って答えるけど実際にお金があったら使っちゃうだろうね。

     ■今日のまとめ

     何度も言いますが、この病気は病院に通い、治療を続けることが一番大切です。ところが、治療をやめてしまったり、定期的に通うのをやめてしまった感染者も少なくないと聞きます。それは、この病気は治療をしたからといって、いまのところ完治するわけじゃないし、そんな病気に高い医療費を払うことへの憤りが病院への足を遠のかせているということもあると思うのです。どうでしょう、みなさんは自分の収入からこれだけの医療費を捻出する余裕はありますか? 導入されるであろう障害者認定が手放しで喜べるものとは思えませんが、いままで治療に積極的ではなかった感染者が治療をつづける気持ちになれるきっかけになればと思います。
     最後に、翔太クンの犠牲にしているもの、それはやっぱり交際費かな。その中でもデーと代です。まあ、翔太クンのパートナーは理解あるのでガマンしてもらってるけど、よ〜く考えて。これだけの医療費分をデート代にまわせたら、ラブホテルに3回は行けるってことだよ。ってことは3回Hをガマンしてるってことっす。スゲー、ストレス、欲求不満!

     [コラム]噂を検証『私立病院の医療費は高い?』

     以前、私立病院の医療費は高いという噂を耳にした。確かに『私立』という言葉の響きやイメージからするとそんな気がしないでもない。真偽の程を確かめようとある医療関係者に聞いたところ、
    「そんなこと、ある訳ない!」
     と、一言で終わってしまった。そ、それじゃ、このコラム書けないじゃん、ホントにそんなことないの?
    「まあ、あるとすれば検査料が違うかもしれないけど…」
     そうなんだ。やっぱりイメージだけだったのか。な〜んて終わる翔太君ではないぞ。数人の感染者にインタビューして気が付いたことがあった。それは、『指導料』とか『理学療法料』なるもの。僕の通っている病院の領収書にはその項目はあるけれど、とられたことがないから知らなかった。これって一体、何?
    「病院によって位置付けが難しいんだけど薬の処方とか病気の説明とかじゃない?」
     な〜んか、分かるような分からないような…。でもさ、感染者の人たちって、病気のことを勉強してる人が多いから、人によっては医者より知識がある人っていると思うんだけどな。それに、取る病院と取らない病院の違いって何なんでしょう。僕は取られていないから、別に文句はないけど、取られてる人たちって、何か指導されてるのでしょうか? どこの病院とはいえないけど、プライドだけ高くて間違った診断を続けていた医者っていたぞ! そんな医者に指導料払うなんてな〜んか変!(直接医者に払うわけじゃないんだけどね)
     詳しく知ってる人、教えて。


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