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何のための障害者認定か

草田央 

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 97年1月末「HIV感染を身体障害者に認定検討」という報道がなされた。障害者認定に関しては長期戦になるなと感じ、前号の原稿を書いた直後だったので、正直驚いたものだ。あの報道だけではわからないことが余りに多く、単純には喜べなかった。いったい今、何がどう進んでいるのか? そもそも障害者認定要求とは何だったのか?

 ■障害者認定によって獲得できるもの

 障害者認定によって獲得できるものは、以下のようなものが考えられる。

一.差別・偏見の除去

 エイズ予防法によって、感染者は社会的な感染源としてのみ位置付けられてしまった。感染予防義務のみを課せられ、医療や雇用・福祉といった権利は与えられないままであった。感染者を障害者として認定するということは、感染源として排除すべき対象ではなく、社会的弱者としてサポートすべき対象であるということを公的に表明することになる。もってHIV感染者に対する国民の理解を促そうという目的である。

二.雇用枠の確保

 不当解雇訴訟にみられるように、感染者の就業差別は依然として厳しいものがある。ましてや新規採用となると不可能に近い。特に薬害の被害者は未成年時に感染した者が多く、就業年齢に達しつつある。労働能力が十分あるにもかかわらず働けないというのが現実である。障害者認定されれば、障害者雇用促進法により雇用される可能性も出てくる。その際、障害者枠での採用を望むなら(職業安定所や事業主に限定するにしても)自分が感染者であることを表明しなければならないだろうが、それを望む感染者もいることだろう。雇用差別の全面的な解決にはならないが、選択の幅が広がると言える。

三.医療費助成

 障害者認定されると、医療費助成の可能性が出てくる。一つは自治体の重度障害者医療費助成制度である。各都道府県によって対象となる等級はまちまちだが、一級もしくは二級(三級まで含める自治体もある)の身体障害者に対する医療費助成である(所得制限あり)。もう一つは、身体障害者福祉法などにうたわれている更生医療としての医療費助成である。障害者の障害を軽減させるための更生医療と判定されれば、医療費助成が行われることになる(所得に応じた自己負担あり)。更生医療と判定されるかどうかがポイントであり、等級は関係しない。

四.障害者年金による所得保障

 障害者には生活の安定のための障害年金制度がある。障害基礎年金は二級以上の重度障害者、厚生年金加入者が受けられる障害厚生年金は三級以上の認定で受給することができる。障害年金の認定基準は身体障害者手帳の等級とは異なるが、認定に際し身体障害者手帳の等級が影響を及ぼすことは想像にがたくない。(障害年金に関しては七号と八号の特集が詳しい)

五.福祉サービス

 障害者には、障害の内容や程度に応じ、様々な福祉サービスが用意されている。税金の控除・免除や公営住宅の優遇、生活福祉資金の貸付、ホームヘルパーの派遣などがある。ただし、在宅福祉サービスは昨年から難病患者にも拡大されたようだ。この「難病患者」にHIV感染者が含まれるかどうかは定かではない。

 ■感染経路を問わない福祉的欲求

 HIV感染者の障害者認定について初めて主張されたのは、私の知る限りソーシャルワーカーの磐井静江さんである(このことについては第五号で書いているので読んでほしい)。そして薬害エイズの和解交渉の過程で、原告側の要求に障害者認定が入ったのも「磐井さんらの意見を聞いて」と個人的には聞くところである。
 薬害エイズの恒久対策は、手当を除けば、加害責任に基づくというより救済責任に基づく福祉的色合いが強いものとなった。障害者認定の要求も、被害者に限定した例えば「薬害手帳」といったものではなく、感染経路を問わない障害者認定という福祉の要求となった。そして裁判所もこの必要性を認め、継続協議の項目とすることが合意され和解が成立したのである。
 被害者らの一部は永らく、友愛福祉財団による救済制度での特別手当の支給基準をCD4が二〇〇以下になった場合に緩和するよう要望してきた経緯があった。和解後の継続協議の中でも賠償責任による発症手当に関してCD4が二〇〇以下で支給するよう原告団の要望が出されている。それと同時に、障害者認定に関してもCD4が二〇〇以下で身体障害者二級以上の認定を要望しているようだ。
 それまで障害者認定には強い難色を示していた厚生省が、どのような経緯で前向きに検討することを表明したのかは定かではない。現段階では認定基準など未定で、専門家による検討会で検討され、夏までには何らかの結論が出されると思われる。今まで内部疾患への障害者認定には抵抗を示してきた厚生省だけに、CD4や就業不能など合理的基準により、著しい機能障害のみに着目し障害者認定してきた従来との整合性をはかることに腐心している様子がうかがわれる。そこには、社会的不利益を受けている者に福祉的サポートをしようという視点はない。

 ■CD4数による認定には疑問の声が

 二〇〇以下のCD4をエイズ発症とするのは、やはり社会保障の要請からアメリカで政策的に出された基準である。それゆえ、日本を含め諸外国では追随していない。また近年ではウイルス量との併用によって医学的指標とする傾向にあり、CD4を障害の認定とすることには疑問の声がある。カリニ肺炎がCD4二〇〇以下で発症しやすかったのは事実だか、現在は予防が可能になっている。
 また現在の医療は、カクテル療法を中心にCD4が二〇〇以下にならないような治療が主流になりつつある。多剤併用による長期投与は、薬価が政策的に欧米に比べ四〜五倍もし、自己負担率が引き上げられようとしている中で、新薬の早期認可とあいまって感染者の経済的負担を増加させている(薬害の被害者は健康保険治療である限り各種助成により自己負担はゼロである)。もちろん高額療養費支給制度により自己負担額には上限があるが、発症予防の投薬開始と同時に常に上限の負担を強いられるのが現実である。それゆえ、感染者が投薬を拒絶するケースがあとをたたない。もし二〇〇以下のCD4のみを障害者認定としたところで、これらの薬害以外の感染者の医療費負担の軽減にはつながりにくい。末期患者の経済的支援のみしか期待できないからだ。CD4が認定基準となるなら「CD4を落としても医療費助成を受けたい」と公言する感染者もおり、医師たちの治療意欲を削ぐ要因ともなっている。これでは早期発見の意味は薄れてしまう。ただし、高額療養支給制度を拡充し、自己負担額の上限を下げる要望を出すことの方が、他の疾病との整合性がはかれるとの声もある。経済的に苦しんでいるのはHIV感染者だけではないからだ。国内製薬企業保護のために高く設定している薬価等を欧米並にすることで、医療コストや患者の負担も軽減できるとも言える。
 CD4や労働能力を障害者の認定基準とした場合、障害者雇用枠での就業の実効性もない。つまり「働けなくなるぐらい体調が悪くなったら働かせてあげますよ」と言うに等しいからである。しかしこれも、労働行政の範囲内である障害者雇用促進法が、厚生行政の身体障害者認定によって規定されることを批判するむきもある。障害者認定と切り離した障害者雇用枠等を求めるべきだという意見である。
 以上を概観すると、現在の障害者認定をめぐる継続協議での攻防は、妥協点を求めた結果か、主に障害者年金による所得保障のみを目指したものと推測できる。和解交渉の過程で公言されていた目的から、大きく後退してしまったと言えるだろう。CD4などの免疫力を障害者認定の基準に例外的に付け加えることには、HIV以外の患者団体等から批判を受けることは必至である。肝臓病の患者団体などは永年運動を続けており、国会決議まで獲得しているようだが、未だ実現できていないのだ。また、一度認定基準が決まってしまえば、認定基準の変更などは新たな認定よりも難しいことは、低肺の患者団体の等級変更運動などからも明らかである。こうしたことを考えると、今回可能性が出てきたHIV感染者の障害者認定は、本当に「一歩前進」と言えるのだろうか。将来の福祉に大きな禍根を残すことになりはしないだろうか。

 ■欧米型福祉体型への抜本的改革

 HIV不当解雇訴訟支援団は昨年八月より、主に感染者の雇用枠の確保を目的に全ての感染者の障害者認定を求める署名活動を展開している。HIV感染のみならず他の内部疾患の障害者認定までをも視野に入れ、機能障害による限定列挙型の福祉ではなく、社会的サポートを必要としている人に福祉的サポートが与えられるという欧米型の福祉体系への抜本的改革を目指している。
 ポジティブネットワークは感染者から「公的サービス向上についての要望書」への署名を集めたようだ。HIV感染者への障害手帳の交付基準の緩和などを求めている。
 東京HIV診療ネットワークは厚生省の求めに応じ、投薬開始を障害者認定の基準とするよう答申したようだ。
 感染者の医療費負担に関する「アールグレイ・プロジェクト」が、H・I・Voiceを賛同者募集の窓口として開始したようでもある。
 こうした動きが、もっと全国的に大きな広がりを持つことを強く望むものである。

[草田央]
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