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エイズ以外の性感染症について[2]

日本感染症学会会員 福田光 

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■4 陰部ヘルペス(性器ヘルペス、陰部疱疹)

[病原体]
 単純ヘルペスウイルス(単純性疱疹ウイルス)が感染し、生殖器(性器)付近に発症したものを性器ヘルペスといい、口腔周辺に発症したものを口唇ヘルペスという。
 単純ヘルペスウイルス(Herpes Simplex Virus:HSV)には、1型と2型の2種類があり、従来、口唇ヘルペスは1型、性器ヘルペスは2型と言われていたが、現在では、1型、2型、どちらでも性器ヘルペスが起こり得ることが知られている。
 HSVは、持続潜伏性のウイルスで、症状消失後も神経節(1型は三叉神経節、2型は仙骨神経節が多い)に潜伏し、外傷、発熱、生理的異常、各種感染症、心理的ストレス等を引き金とする免疫機能低下時に再発する。
 HSV1型は主に唾液を介して、乳幼児期に感染し、成人の約七〇〜九〇%、HSV2型は主に膣分泌液と精液を介して、思春期以後に感染し、成人の約二〇%が感染し、抗体を保有している。

[症状]
 性器ヘルペスは、外部から入ったウイルスによる初感染と、仙椎神経内に潜伏しているウイルスの再活性化による再発の二つの場合がある。
 初感染では、感染後約一週間で、外陰部に小水泡が単発ないし集簇的に多発する。小水泡は、まもなく破れて浅い潰瘍となり、治癒するまでに2〜4週を要するが、自然に治癒する。しかし、治癒後も月経、性交その他の刺激が誘因となって、再発を繰り返す。再発疹は外陰部のほか、臀部、大腿にも生じる。
 男性の病変部位は包皮、冠状溝、亀頭、女性の病変部位は陰唇、膣前庭、子宮頚部である。また、肛門性交を行っている場合には、肛門や直腸にも発生する。
 女性では、これらの他に、HSVの初感染による急性型があり、炎症症状が激しく、激痛を訴えるが、急性型は再発性とはなり難い。
 初感染の場合七〜一二日間、再発の場合四〜七日間、分泌液中にウイルスが排出され、他人に感染させることがあるとされているが、感染後発症しなかった人の唾液中からもウイルスが検出されているので、正確に決めることはできない。
 産道感染等による新生児のヘルペスウイルス感染症は、ヘルペスウイルスが細胞から細胞へと直接感染していくため、母親からの移行抗体による発症の予防が困難であり、極めて重篤な病態を示し、しばしば致命的となることがある。

[治療]
 治療薬には、アシクロビルやビダラビン(Ara-A)がある。アシクロビルは、ヘルペスウイルスが自らの核酸合成のために持つ特殊な酵素チミジンキナーゼによってリン酸化されてはじめて活性化し、ヘルペスウイルスの核酸合成を阻害する。このため、ヘルペスウイルスが感染していない正常ヒト細胞内では、ほとんどリン酸化されることなく、活性化されないので、ヒトに対する毒性は極めて少ないが、ヘルペスウイルス以外のチミジンキナーゼを持たない非ヘルペス属ウイルスには無効である。
 再発予防には、アシクロビルの少量連続投与が検討されている。
 急性型で髄膜刺激症状が強いもの、疼痛の激しいもの、新生児の全身性ヘルペスウイルス感染症には、静注用のアシクロビルが効果的である。
 対症療法として、局所の痛みに消炎鎮痛薬の投与、局所麻酔剤の塗布が行われる。

[参考]口唇ヘルペス(HSV-1感染症)
 HSV1型ウイルスは、乳幼児期に感染することが多く、大部分は無症状に終わるが、一〜一〇%は発症し、口腔咽頭粘膜に水疱を生じる歯肉口内炎のほか、時に角結膜炎、髄膜脳炎を生じる。ヘルペスウイルスによる髄膜脳炎は、日本脳炎の発生が減少した現在、ウイルス脳炎としては最も頻度が高く、かつ重篤であり、小児では、しばしば致命的となるだけでなく、成人でも髄膜脳炎治癒後に重度の障害を残すことがある。
 初感染時には口腔内の歯肉口内炎が多いが、再発時には口唇やその周囲の顔に発赤で囲まれた水疱を生じる口唇ヘルペスが多い。いずれも数日で治癒する。
 髄膜脳炎は普通初感染時に起こり、再発時に起こることは極めて希である。

■5 尖圭コンジローム(疣贅)

[病原体]
 尖圭コンジロームは、ヒトパピローマウイルス(ヒト乳頭腫ウイルス、HPV)の感染により、性器周辺に生じる腫瘍である。ヒトパピローマウイルスは六〇種類以上が知られているが、尖圭コンジロームの原因となるのは、主にHPV6型とHPV11型であり、時にHPV16型の感染でも生じる。

[症状]
 感染後、数週間から二〜三カ月を経て、陰茎亀頭、冠状溝、包皮、大小陰唇、肛門周囲等の性器周辺部に、イボ状の小腫瘍が多発する。性器の疣(いぼ)とも呼ばれる。腫瘍は、先の尖った乳頭状の腫瘤が集簇した独特の形をしており、乳頭状、鶏冠状、花キャベツ状等と形容される。
 尖圭コンジローム自体は、良性の腫瘍であり、自然に治癒することも多いが、時に癌(悪性の腫瘍)に移行することが知られている。特に、HPV16型に感染した女性の場合、子宮頚部に扁平コンジロームを発生し、子宮頚癌の原因となることがある。

[治療]
 治療には外科的療法と薬物療法がある。
 外科療法には、メスによる切除、液体窒素による凍結療法、電気焼灼、レーザーメスによる蒸散法などがある。薬物療法には、ポドフィリンチンキ、5-FU軟膏、ブレオマイシン軟膏などの局所塗布がある。
 妊婦の場合には、薬剤の胎児への毒性から、外科的療法が選択される。
 治療後の再発は少ないが、自然治癒後には再発することもあるので、適切な治療と治癒後一〜二年程度は二〜三カ月毎にフォローアップすることが望ましい。
 尖圭コンジローマ患者の性的パートナーの約2/3に尖圭コンジローマが認められるので、パートナーも同時に治療を受けることが望ましい。

■6 トリコモナス感染症(膣トリコモナス)

[病原体]
 トリコモナスは、動物界に広く分布する原生動物鞭毛虫類に属する単細胞動物(原虫)の一種であり、全世界に分布する。人に寄生するトリコモナスには、腸トリコモナス、口腔トリコモナス、膣トリコモナスの3種類があるが、STDとして重要なのは膣トリコモナスである。
 膣トリコモナスは、嚢子(シスト、cyst)を持たないため、oral-anal sex contactを含む経口的な経路では感染せず、もっぱら性行為に伴う直接的な接触によってのみ感染する。
 膣トリコモナスの生存できるpHは三・五から八・〇までであるが、pH四・五以下では活動性が著明に低下する。
 膣トリコモナスは、グリコーゲンを活発に消費するため、糖、グリコーゲンが多量に存在する性的に成熟した女性の膣を好んで寄生するが、通常、女性の膣内は乳酸桿菌の働きにより酸性であるため、ややアルカリ側に偏る妊娠時あるいは月経時に感染しやすい。
 健康な女性でも数%は感染しており、婦人科疾患を有する患者の三〇〜五〇%が感染している。

[症状]
 膣トリコモナスは、女性の膣だけでなく、男性の尿道、前立腺などにも寄生するが、目立った症状は示さず、男性の場合、感染してもほとんど自覚症状はなく、分泌物の増加、局所の軽度の不快感程度が見られるだけである。男性は感染しても症状が軽いため、治療せずに放置されることも多いが、たとえ症状がなくとも性的パートナーへの感染源とはなり得るので、治療が必要である。
 女性の主たる症状は膣炎である。膣トリコモナスが女性の膣に感染すると、まず乳白色ないし淡黄色で、通常は泡沫状、時に膿汁様となる帯下が増量する。同時に、約二〇〜三〇%の患者に外陰部の発赤、痒み、灼熱感などが見られ、排尿痛あるいは排尿時不快感が生じる。次いで進行すれば、帯下が血性となり、膣壁に黄色の分泌物を伴う小さな顆粒状ないし斑点状の出血班がしばしば見られる。  一旦、膣トリコモナスが感染すると、トリコモナスが多量の糖(グリコーゲン)を消費し、膣内のpHをアルカリ側へ傾けてしまうので、膣トリコモナスのみならず、他の細菌の感染も助長する。このため、膣トリコモナス感染時には、他のSTD、特にクラミジア、淋菌との混合感染に注意する必要がある。

[治療]
 膣トリコモナスは、粘膜のみに寄生し、粘膜下組織にまで侵入することはないが、膣だけでなく、その周囲臓器にも寄生するため、治療薬の全身投与が基本となる。メトロニダゾールまたはチニダゾールを七〜一〇日間投与する。あるいは、メトロニダゾールまたはチニダゾールを大量単回投与する。
 メトロニダソールには発癌性、変異原性等の副作用があるため、妊娠初期の妊婦においては、局所療法としての膣錠が第一選択となる。
 膣トリコモナスに感染した場合、パートナーの七〇〜八〇%は、たとえ無症状でも膣トリコモナスに感染しているので、パートナーも同時に治療する必要がある。

■参考文献

▼「戸田新細菌学」改訂第三〇版、森良一・天児和暢編、南山堂発行、一九九四年
▼「NEW 寄生虫病学」、小島荘明編、南江堂発行、一九九三年
▼「標準皮膚科学」第二版、佐藤良夫・池田重雄編、医学書院発行、一九八七年


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