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エイズ以外の性感染症について[1]

日本感染症学会会員 福田光 

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■1 性感染症とは

 性感染症とは主として性行為に伴う性的な接触が原因となって、直接ヒトからヒトへ、皮膚や粘膜を通して病原微生物(寄生虫、原虫、細菌、クラミジア、ウイルス等)が感染することによって生じる疾患の総称である。
 従来は性病(Venereal Diseases)と称して、梅毒、淋病、軟性下疳、鼠径リンパ肉芽腫の4疾患を指すことが多かったが、近年、性行為に伴って感染する新しい疾患が相次いで注目されるようになったことから、1975年ごろにはSTD (sexually transmitted diseases)という概念が国際的に提唱されるようになった。日本でも1988年に性感染症学会が発足し、STDの日本語訳を“性感染症”と定めた。
 日本で多く見られるSTDは、淋病、性器クラミジア感染症(陰部クラミジア、非淋菌性尿道炎等)、陰部ヘルペス(陰部疱疹)、尖圭コンジローム(疣贅)、トリコモナス感染症(膣トリコモナス)であるが、その他にも梅毒、毛虱、肝炎(B型肝炎)、アメーバ赤痢、ランブル鞭毛虫感染症、前立腺炎(細菌性)、疥癬(ヒゼンダニ)などがある。また、最近ではエイズ(AIDS)がSTDとして脚光を浴びている。
 厚生省の感染症サーベイランス事業によると、トリコモナス感染症以外については、男性の発症率が女性に比べ圧倒的に高い。一方、疾患別では性器クラミジア感染症が第1位を占め、淋病がこれに続いている。なお、1990年以降増加していた男性の淋病と性器クラミジア感染症が1993年には減少に転じるなど、エイズに関する知識や情報の普及が他のSTDの動向に与えた影響もうかがわれる。
 STDの治療は早期発見、早期治療が原則であり、コンドームによる感染予防も有効であることが多いが、口腔・咽頭、直腸等の性器以外の粘膜部位への感染もあるので、注意が必要である。また、STDの多くは一旦治癒した後も、再び新たに感染することもあるので、患者だけでなく、感染はしているが、まだ症状が現れていないパートナーの診療も併せて行い、再感染を防止することが重要である。

■2 淋病

[病原体]
 病原体は、淋菌(Neisseria gonorrhoeae)、大きさ0.6〜1.0μmのグラム陰性双球菌であり、世界中に普遍的に存在する。淋菌の抵抗性は極めて弱く、熱に対しては55℃ 5分以内に死滅し、低温や乾燥に対しても弱い。粘膜細胞に親和性を持つので、感染は、これらの細胞を持つ組織(ペニス、直腸、咽頭等)に限られる。淋菌と類似の症状を呈する病原体は他にも多いので、診断確定には臨床所見だけでなく、細菌学的検査が必要である。

[感染源]
 感染源は、患者粘膜からの滲出物であり、感染経路は、尿道、肛門・直腸(アナルセックス)、咽頭(オーラルセックス)である。感染原因は、ほとんどすべて性交による。淋菌の抵抗性は弱いので、患者粘膜から離れれば、数時間で感染性を失い、乾燥、低温等により死滅する。従って、キス、便座、タオル、コップ等の接触を通じて感染することは、ほとんどない。

[男性の尿道に感染すると]
 男性の尿道に感染した場合には、感染後2日ないし9日の潜伏期を経て、尿道に軽い痒みや熱っぽさを感じ、尿道口から最初は粘液、次いで白く濁った膿が尿とともに出るようになる。尿道口は発赤し、排尿時に熱感または疼痛を覚える。
 この段階で感染に気が付き、治療されることが多いが、このまま放置すると、前部尿道炎に続いて後部尿道炎を起こして、頻尿と排尿困難を来たし、排尿の終わりに出血を見るようになる。さらに放置し続ければ、前立腺炎、副睾丸炎を起こし、まれに慢性化して、関節炎、皮疹(四肢)、心内膜炎などが起こる。

[女性の尿道に感染すると]
 女性の尿道に感染した場合には、感染後数日で、初期尿道炎または子宮頚管炎を起こすが、男性よりも症状は軽いため、気付かないことも多い。しかし、膀胱炎を起こすと、頻尿や排尿痛などを伴う。その後、子宮内膜炎、卵管炎、卵巣炎、子宮周囲炎、骨盤腹膜炎などに進展すれば、腹痛や発熱を生じるだけでなく、不妊の原因にもなり得る。

[直腸、咽喉に感染すると]
 直腸に感染した場合には、便意、痛み、放屁、腸出血、痔、膿便、血便、下痢などを生じる。また、膀胱神経の障害により、排尿困難を来すこともある。
 咽喉に感染した場合には、喉の痛み、咳、上気道部の鬱血などを生じ、感冒様症状(風邪)を呈する。

[予防]
 予防には、コンドームの使用が最も有効である。また、定期的な検査による早期発見と適切な治療も大切である。適切な抗生物質を用いた治療により、数日で感染性が無くなり、速やかに治癒する。  治療しなかった場合でも、数カ月で症状は自然に消失することが多いが、その間は他人に淋菌を感染させることがある。また、治癒せずに慢性化する場合もあり、関節炎、心膜炎、肺気腫などを起こす。一旦治癒しても、再感染があり得るので、パートナー共々、診療を受けることが望ましい。
 治療には、ペニシリン筋注・内服、スペクチノマイシン筋注、テトラサイクリン内服、ニュ−キノロン内服等が有効であるが、薬剤耐性菌も多いので、感受性のチェックが必要である。妊産婦が感染している場合には、出生時に新生児の眼に感染することがあるので、予防的に硝酸銀点眼、ペニシニン軟膏塗布等を行う。

■3 性器クラミジア感染症(陰部クラミジア、非淋菌性尿道炎等)

[病原体]
 病原体は、クラミジア・トラコ−マ(Chlamydia trachomatis)、ウイルスのように宿主細胞でのみ増殖する性質と、細菌のようにDNAとRNAとを共に持ち、両者の中間的な性質を持つ微生物である。熱(60℃ 10分または37℃ 48時間)、エーテル(30分)、石炭酸(0.5% 24時間)で不活化される。
 従来から、目の疾患(トラコーマ、慢性角結膜炎)、鼠径リンパ肉芽腫の病原体として知られていたが、近年、尿路性器粘膜細胞への感染が注目され、陰部クラミジア、非淋菌性尿道炎としても知られるようになった。いずれも粘膜への局所感染による疾患である。
 ヘテロセクシャルにおいては性感染症の中で最も頻度が高い。非淋菌性尿道炎の約半数がクラミジア感染症と考えられるだけでなく、淋菌との混合感染も多く、淋病の治癒後も尿道炎が続く場合には、クラミジア感染症が疑われる。自覚症状の無い感染者も多いので、無症候性キャリアが成人男女の数%程度存在していると考えられている。

[症状]
 感染後2日〜6週間(通常10日〜12日)で、淋病と同様の急性尿道炎症状を呈するが、症状の程度は極めて軽い。
 男性では、尿道から感染して急性尿道炎を起こし、透明白色膿の分泌、排尿時の痛み、尿道の痒み・不快感等を示すが、症状は淋病よりも軽い。さらに、前立腺炎、副睾丸炎を起こすこともある。
 女性では、まず、子宮頚部腺細胞に感染して子宮頚管炎を起こし、その後、感染が子宮内膜、卵管へと波及し、子宮内膜炎、卵管炎を起こす。さらに骨盤腹膜から肝臓の皮膜にまで感染が達すれば、付属器炎、肝周囲炎を起こす。また、子宮外妊娠、不妊、流早産、異常分娩の原因ともなる。
 妊婦が感染している場合には、主として産道感染により、生後5ないし12日後の新生児に封入体結膜炎を生じさせることがある。また、1ないし2カ月の潜伏期を経て、乳幼児の無熱性肺炎を引き起こすことがある。

[治療]
 治療には、テトラサイクリン、ドキシサイクリン、ミノサイクリン、クラリスロマイシン、エリスロマイシン、オフロキサシン等の経口投与が有効であるが、ペニシリン、セフェムは効果が弱い。
 一旦治癒しても、再感染があり得るので、パートナー共々、診療を受けることが望ましい。抗体が産生されていても感染が持続している場合があり、感染防御免疫は期待できない。しかし、細胞性免疫による防御はあるものと考えられており、免疫不全状態では感染が顕在化、重症化しやすくなる。

 以下、次号に続く。


■参考文献

▼「ザ・ニュー・ジョイ・オブ・ゲイ・セックス」Dr.チャールズ・シルヴァースタイン&フェリス・ピカ-ノ著、福田廣司他訳、伏見憲明監修、白夜書房発行、1993年
▼「伝染病予防必携」第4版補訂版、重松逸造他編著、日本公衆衛生協会発行、1995年

◆次号以降予告

 4 陰部ヘルペス(陰部疱疹)
 5 尖圭コンジローム(疣贅)
 6 トリコモナス感染症(膣トリコモナス)
 7 梅毒
 8 毛虱
 9 肝炎(B型肝炎)
 10 アメーバ赤痢
 11 ランブル鞭毛虫感染症
 12 前立腺炎(細菌性)
 13 疥癬(ヒゼンダニ)


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