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HIV不当解雇訴訟判決とその解説

草田央 

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 1992年12月22日の提訴から2年3ヶ月ぶりの3月30日、不当解雇訴訟の判決が下った。内容・賠償額ともに原告側の予想をはるかに越える画期的な判決となった。
 事件の事実関係については、ニューズレターvol.1にも詳しいが、まず判決は、被告らが主張する(HIV以外の)様々な解雇事由を全て「理由がない」と退けた。そして、未払賃金の支払(3月末において、月30万円×30ヶ月=900万円)を命じている。さらに、本件解雇が「不法行為」であり、原告への告知を「この告知の方法・態様も著しく社会的相当性の範囲を逸脱している」として300万円の賠償責任を被告A社に課した。
 被告B社・被告Cによるプライバシー侵害についても、被告B社においての資料管理のずさんさについては原告の主張は棄却されたが、被告A社社長および原告の上司への通告がプライバシー侵害あたると認定された。そして、被告B社・被告Cが原告に支払う慰謝料は300万円とされたのである。

■3つの判断基準

 判決は「本件解雇の真の理由は、(中略)、原告がHIVに感染していたことにあったと推認できる」と踏み込み、HIV感染症に関し以下の判断基準を示している。
1.HIV感染を理由にした解雇は到底許されることではなく、不法行為である。
2.HIV感染者にHIVに感染していることを告知するに相応しいのは、その者の治療に携わった医療者に限られる。
3.HIV感染に関する情報は、何人といえどもこれを第三者にみだりに漏洩することは許されない。

■感染を理由にした解雇は不法行為

 1については、HIV感染を理由とした解雇を「不法行為」とし、解雇が無効なだけでなく、賠償責任まで認めている点が画期的である。
 そもそも、本件訴訟はHIV感染者の解雇に関して我が国初の司法判断であることはもちろん、疾病を理由にした解雇に関しての希有な司法判断でもある。その意味で、原告側はノーマライゼーションの視点から司法判断を求めていた。判決は、HIV感染に特化した形で述べているが、これが他の疾病による解雇にも与える影響は大きいと言えるだろう。
 そして、HIV感染を理由とした解雇が不法であると認定したことは、HIV感染者の労働能力および職場での感染の可能性など、何ら問題がないと司法が判断したことでもある。当然のことではあるが、その当然のことが差別・偏見によって通用していない現状を考えると、この判決が社会の意識改革を促す効果も期待できるのではないだろうか。

■不用意な感染告知を禁じる

 2の告知については、「この疾病の難治性、この疾病に対する社会的偏見と差別意識の存在等により被告知者の受ける衝撃の大きさ等に十分配慮しなければならず、具体的には、被告知者にHIVに感染していることを受け入れる用意と能力があるか否か、告知者に告知をするに必要な知識と告知後の指導力があるか否かといった慎重な配慮のうえでなされるべきであって、告知後の被告知者の混乱とパニックに対処するだけの手段を予め用意しておくことが肝要であると言える」との判断を示した。そして、告知する能力のある者を医療者に限定したこともあり、ボランティアも含め不用意な感染告知を禁じている。
 一方、HIV感染告知については「望ましい」との認識も示しているところから、横行している「無断検査→非告知」を容認しているわけではないことにも注意しなければならない。

■病状に関する情報はプライバシー

 3のプライバシー侵害については、まず「個人の病状に関する情報は、プライバシーに属する事柄」であると明確に認定。そして「これをみだりに第三者に漏洩することはプライバシーの権利の侵害として違法」との判断を示した。これは何も使用者(経営者)に限った話ではない。ボランティアを始め、多くの市民においても、個人の病状に関する情報をみだりに第三者に漏らしてはならないこととなる。
 はっきり言って、こういったプライバシー侵害は横行しているのではないだろうか!? とりわけプライバシー保護が問題になるHIV感染にしても、本人の了解なしにHIV感染の事実を聞かされることが、私にはままある。たとえ善意のボランティア活動においても、注意しなければならないことを判決は促している。

■“ぬるま湯”に浸かっている日本企業

 多くの企業がHIV感染者の解雇を甘く見ていたに違いない。
 先ごろ東京商工会議所が行なったアンケート調査では、回答した14%の企業のうち、エイズ対策を行なっているのは3%に過ぎない。無回答の企業がエイズ対策を行なっていることは期待できないから、99%の企業がエイズ対策を行なっていないと推測できる。さらに、社員が感染した場合「退職を促したい」とした企業が7%あった。が、「どうしたらよいかわからない」と回答した21%企業も、解雇に及ぶ可能性は大いに有り得る。さらに、33%の企業が「感染者を雇用上差別できない」ことを知らなかったという。これが日本の実情なのだ。
 こういった“ぬるま湯”に浸かっていた企業に、しかも単なる感染予防対策ではなく、現実に社員に感染者がいた場合の対策の必要性を、この判決は突き付けている。「解雇は許されない」などというタテマエではなく、現実に則したマニュアル作りをしなければならない。

■判決だけでは変わらない

 一方、この判決によって「就労における感染者の差別がなくなる」と楽観的に考えるのは間違いだ。この判決により、企業の感染者の排除は、より巧妙になることも予想される。被告らはついに社会的制裁を受けておらず、控訴も決断したようだ。全面勝訴判決によっても、原告は救済されていない。
 社会を変えていくには、判決だけではダメなのだ。判決をバネに、あなたの地域や職場で、判決の精神を実現していかなければならない。この判決は、あなたに投げられたボールでもあるのだ。


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