■特別教育セッション(公開講座)報告

●スライド解説

青木 眞

スライド1

 表紙

スライド2,3

 本症例はCD4陽性リンパ球数(以下CD4)もまだ437cells/μL(以下437と単位省略)と十分高くウイルス量も7,360 copies/ml(以下7,360と省略)とさほど多くないために経過観察という選択をされる方が多かったのは当然の事と思われます。ここ1−2年治療開始時期をより後にずらす(=より少ないCD4になるまで待つ)傾向は世界的な趨勢といって良いと思われます。2000年10月に行われたスコットランド・グラスゴーにおける5th International Congress on Drug Therapy in HIV InfectionでもCD4が200を割らなければ治療の成功率や有効性の持続に大きな問題を生じないというデータが示されたようです。
  小数の方がNNRTIを使用した処方の開始を指示されましたが、今時さすがに2剤併用という選択をされる方は一人も居られません。

スライド4.5

 数ヶ月の経過観察後、CD4は350まで低下、ウイルス量は35,400に増加しました。本セッションではこの症例について更に経過観察を行うというオプションは与えられずスライド4にある5ヶのオプションから処方を選ぶという流れに設定されました。(勿論、フロアーからの指摘にもあったようにこの時点においても更に様子を見るというオプションがあっても良いわけで特に年齢が21歳という事、CD4が下がったといってもまだ350である事などから治療開始時期についてもindividualizeするという事が大切な事はいうまでもありません。)
 さて治療オプションですが最も多くの方(58%)がvoteされたのがオプション3、即ちd4T/3TC/EFVの組み合わせでありました。プロテアーゼ阻害薬をspareするという意味からも十分認識されたNNRTIの実力(ウイルス量が10万以上という症例でもプロテアーゼ阻害薬に負けない効果が期待できる)からも、そして服薬のしやすさという点からもfirst lineの治療として選択して良い内容であると言えます。筆者の外来においても最も多く使用される組み合わせのひとつと言えます。
 ABCについては岩本先生のご指摘とおりデータ的に多少の心配が残り選択される方も小数に止まりました。しかしTrizivir(AZT/3TC/ABC)といった製品が入手可能となれば現場の対応は変わってくる可能性もあります。

スライド6.7

 症例2は体重減少、寝汗など全身症状がありCD4も154と低め、ウイルス量は逆に129,000と高めです。当然治療開始のオプションが求められました。今回は比較的進行した症例でもありプロテアーゼ阻害薬を選ばれる方(19%)、ダブルプロテアーゼ(31%)の方も居られます。しかし最も人気が高かった(45%)のはEFVを用いるオプション2でした。NNRTIはウイルス量が高い症例でも有効性が期待できる事は記述の通りです。岩本先生はEFVの使用経験が少ない場合オプション5かそれに類似したIDV/RTVの併用も考えるのではないかとコメントされました。但しRTVの使用による消化器症状の問題を避けるためウイルス量が一定のレベルに低下した時点でNNRATIの処方に変更する方法も紹介されました。

スライド8,9,10

 症例3は自覚的にも身体所見も検査所見も問題の無いCD4が362、ウイルス量が3万強の症例です。比較的ポピュラーな組み合わせの一つであるAZT/3TC/NFVが開始されますがAZTによる悪心、NFVによる下痢のためにd4T/3TC/NFV+下痢止めの処方に変更されます。これによりウイルス量は減少、一時は検出限界以下にまでなりますが、再びウイルス量が増加しはじめます。この時点ではCD4はまだ十分保たれていますがここで何を行うかがスライド9の問題です。クリツケス先生が耐性検査の専門家でもあり、ある程度「正解」は予想できた質問ではありますが大多数の方(71%)が「耐性検査をする」というオプションを選択されました。一部(18%)の方は同じ処方の継続を選択されましたが、これに対してはクリツケス先生は以下の理由で反対をされました。

#1:一度は比較的速やかにウイルス量を検出限界以下にできたので良い処方を組み直せば再びウイルス量を検出限界以下に落とせる可能性が高い。
#2:ウイルス量が再上昇を始めてから間もない事であり耐性変異の数も少ないうちにこそ処方の変更を行うべきである。

スライド11,12

 耐性検査の結果ですがクリツケス先生の指摘とおりウイルス学的な失敗後そう時間が経過していない事もありプロテアーゼ阻害薬については野生型、逆転写酵素阻害薬についてもM184Vのみの変異が認められました。
 この結果を元にスライド11のオプションが呈示されましたが比較的多くの方(39%)が依然として同じ処方を継続するというオプション1を選択されました。継続の理由としてはアドヒアランスの問題等も検討してから処方の変更をしないとまた同じような問題が生じて仕舞うという指摘がありました。
 しかし、同じ処方の継続はM184Vの変異に加えて新しい変異が追加される結果を生み、数ヶ月後には更に多くの耐性変異に困る結果を招くものであるとクリツケス先生は指摘されました。ここでは次に選択すべき処方は色々とあるでしょうが、ウイルス学的な失敗が明白な処方については次のオプションが十分にある場合には早めに次に変更すべきであるという点がポイントであったと思われます。

スライド13,14,15,16

 症例4も古典的なプロテアーゼ阻害薬を含むカクテル療法(AZT/3TC/IDV)を行い、一過性にウイルス量を検出限界以下に押さえる事に成功したものの、再びウイルスが顔を出し始めたという症例です。しかし、本症例では患者さんがアドヒアランスの問題がある事を自分で申告しています。このような症例に対してオプションがスライド13に示されました。Voteの結果はおよそ1/4(24%)の方がカウンセリングによるアドヒアランスの改善を指示されました。およそ1/3(29%)の方はプロテアーゼ阻害薬からNNRTI中心の処方であるオプション3を選択されました。そして半数弱(45%)の方は耐性検査の施行を支持されました。アドヒアランスに関するカウンセリングについてはクリツケス先生もその意義は認められたものの、既に患者自身が予定どおり服薬する事が困難であるといっている処方をそのまま継続させる事は問題が多いとコメントされていました。
 結局、セッションの中では耐性検査の施行が選択され、その結果は前回と同様にプロテアーゼ阻害薬については野生型、逆転写酵素阻害薬に関してはM184VのみでAZTやプロテアーゼ阻害薬は「無事」という結果が得られました。この結果を踏まえてスライド15のオプションが示されました。
 Voteの結果は小数の方を除いて新しくNNRTIを核にするオプション3(d4T/ddI/EFV)(41%)か1日2回で済むダブルプロテアーゼを核とするオプション5(d4T/ddI/RTV/IDV)(46%)を選択されました。クリツケス先生はオプション3も5も良い選択であるが、既にIDVが使用されてきた患者に対しては同じクラスのプロテアーゼ阻害薬を使用し続けて、NNRTIは将来の使用にとっておきたいというコメントをされました。
 ここで岩本先生は非常に臨床的で面白い質問をクリツケス先生に投げかけられます。それは3TCの使用に伴うM184V変異とddI交叉耐性の問題でした。即ち「ddIの使用によってもM184Vの変異が出現するわけですが、3TCの使用歴があり既にM184V変異を生じたウイルスを持っている患者さんにどのくらいddIの有効性が期待できるか?」という質問でした。クリツケス先生の回答は「3TCの使用によりM184V変異が生じたウイルスのddIに対するIC50(感受性)を調べてみると意外と感受性が保たれておりIC50の変化もTwo fold程度にしか過ぎない」というものでした。この研究はドイツのミラー医師らがVircoのサポートを受けて行いJournal of Infectious Diseasesに2-3年ほどまえに報告したものです。

スライド17,18,19

 症例5は時に我々も日常臨床で遭遇する非常に副作用の出やすい患者さんの症例でした。患者さんはAZT/3TC/IDVで治療開始されますが、AZTにより消化器症状が出現、d4Tおよび3TCにより末梢神経障害が出現して仕舞います。このために一時期IDVの単剤治療の時期さえありました。その後処方はABC/SQV/RTVに変更されますが、ABCは神経障害が出現し中止、更に液剤しか入手出来なかった時期のあるRTVは服用出来ずに中止となりました。結局きちんとした処方の服用は望めず治療は中断されウイルス量は増加、CD4は次第に低下します。そしてその後の耐性検査の結果がスライド17の中央付近に示されます。岩本先生に変異の解説をお願い致しましたがプロテアーゼ阻害薬に関する多くの耐性と3TCの使用に伴って見られるM184Vの変異が3TCの使用中止にも関わらず、恐らくABC使用の影響として認められるというコメントでした。この症例では再びAZT/3TC/EFVというNNRTIを核とする処方が試みられ、一時ウイルス量やCD4の改善を見ますが副作用のために再び治療を中断、ウイルス量もCD4も悪化します。この時に行った耐性検査(今度は表現型)の結果がスライド17の一番下にあるとおりでプロテアーゼ阻害薬、逆転写酵素阻害薬に関しては感受性、NNRTIに耐性というものでした。ここで再びスライド18で治療オプションについてvoteします。
 Voteの結果はオプション5(治療再開せず注意深い観察のみ)が最も多く43%を占めました。しかしながらクリツケス先生はウイルス量の増加、CD4の低下を前にして観察のみでは心もとないのではないかとコメントされました。現実にはこの患者さんにはオプション3のカレトラ(Lopinavir/ritonavir)が使用されました。オプション1はddI、ABCが神経障害の原因になりうる、既になっていたという理由とRTV/APVの併用が強い消化器系の副作用を起こしうるという理由で現実的ではないとされました。岩本先生は更に最後の検査が薬剤が中止された後に行われたものであり血中のウイルスがある程度野生型に置き換えられた時点でのものである事を指摘されました。このためにオプション2などを使用して一時期ウイルス量のコントロールが得られても、体内のどこかにarchiveされている耐性ウイルスが早晩出現してくるだろうとコメントされました。
 非常に興味深い質問が更にフロアから提出されました。それはABCの再投与に関するものでした。この患者さんは過敏症といった明らかな副作用の為ではありませんが、服用を一時中断しています。このような症例にABCを再投与する事は安全であるのかという質問でした。この質問に対する回答としてABCを比較的いい加減に服用している患者さんの間で当初恐れられていたような副作用はほとんど認められなかったという事例の紹介がありました。過敏症といったなんらかの副作用で中止したのではなく、単に服用を中断した際には服用の再開は問題無いと考えて良いようです。
 この症例は如何に優れた耐性検査のサポートが得られても副作用の問題でオプションが非常に限定されてしまう事がある現実を示したものでもありました。また認可されている薬剤の種類こそ日米に大きな差は無いものの、認可・承認前の治験薬に対するexpanded accessといった点からは治験がほとんど行われていない日本と米国の違いは大きい点も再認識させられるものでした。いずれにしてもLopinavir/ritonavir承認後、後に続くプロテアーゼ阻害薬や逆転写酵素阻害薬の認可が近い将来には望めない現在、将来更に良い薬剤が出て強力な併用療法が可能になるまで待つか、CD4が危険な領域に入る前に少しでも病気の進行を抑えるために今使用可能な薬剤で最大限の治療を行うか「ギャンブル」を強いられる症例でもありました。

スライド20,21

 症例6はHAARTによるリポジストロフィ、脂質代謝異常、更に乳酸値の上昇を認めた症例です。与えられたオプションはスライド20の通りです。オプション1を選んだ方が最も多く34%を占めました。しかし、クリツケス先生は仮に休薬をして症状が改善しても再び何か治療を開始しなければならないのだから、ただ中止というわけにも行かないだろうとコメントされました。岩本先生もご自身の経験から乳酸値が上昇しているが全く無症状の患者さんが少なくなかったと話されました。オプション2は21%の方が支持されましたがリポジストロフィが問題になっている患者でその大きな原因である逆転写酵素阻害薬を使用しつづける事はどうかと思うというコメントがクリツケス先生からありました。オプション3も同様の問題があります。あとはオプション4か5ですがRTV/SQVの組み合わせは脂質代謝異常を生じるのでプラバスタチンを用いるオプション5が残りました。

まとめ

去年インタラクティブセッションを引き受けてくださったスクーリ先生が2000年春に行われたのIAS-USAのワークショップで「日本の医師の回答のレベルが高く、米国の同様のセッションに参加される医師と比較しても何ら遜色ない」というコメントを下さっています。今回のクリツケス先生も同様の感想を残して帰国されました。ファシリテータとして岩本先生も私自身も大変誇らしく感じた事です。来年も同様の企画が出来ればと考えております。