症例から学ぶHIV感染症診療のコツ-JAPANESE- / 19
2000.11.30

jap0019

 
前へBACK
NEXT次へ
 

スライド17,18,19

 症例5は時に我々も日常臨床で遭遇する非常に副作用の出やすい患者さんの症例でした。患者さんはAZT/3TC/IDVで治療開始されますが、AZTにより消化器症状が出現、d4Tおよび3TCにより末梢神経障害が出現して仕舞います。このために一時期IDVの単剤治療の時期さえありました。その後処方はABC/SQV/RTVに変更されますが、ABCは神経障害が出現し中止、更に液剤しか入手出来なかった時期のあるRTVは服用出来ずに中止となりました。結局きちんとした処方の服用は望めず治療は中断されウイルス量は増加、CD4は次第に低下します。そしてその後の耐性検査の結果がスライド17の中央付近に示されます。岩本先生に変異の解説をお願い致しましたがプロテアーゼ阻害薬に関する多くの耐性と3TCの使用に伴って見られるM184Vの変異が3TCの使用中止にも関わらず、恐らくABC使用の影響として認められるというコメントでした。この症例では再びAZT/3TC/EFVというNNRTIを核とする処方が試みられ、一時ウイルス量やCD4の改善を見ますが副作用のために再び治療を中断、ウイルス量もCD4も悪化します。この時に行った耐性検査(今度は表現型)の結果がスライド17の一番下にあるとおりでプロテアーゼ阻害薬、逆転写酵素阻害薬に関しては感受性、NNRTIに耐性というものでした。ここで再びスライド18で治療オプションについてvoteします。
 Voteの結果はオプション5(治療再開せず注意深い観察のみ)が最も多く43%を占めました。しかしながらクリツケス先生はウイルス量の増加、CD4の低下を前にして観察のみでは心もとないのではないかとコメントされました。現実にはこの患者さんにはオプション3のカレトラ(Lopinavir/ritonavir)が使用されました。オプション1はddI、ABCが神経障害の原因になりうる、既になっていたという理由とRTV/APVの併用が強い消化器系の副作用を起こしうるという理由で現実的ではないとされました。岩本先生は更に最後の検査が薬剤が中止された後に行われたものであり血中のウイルスがある程度野生型に置き換えられた時点でのものである事を指摘されました。このためにオプション2などを使用して一時期ウイルス量のコントロールが得られても、体内のどこかにarchiveされている耐性ウイルスが早晩出現してくるだろうとコメントされました。
 非常に興味深い質問が更にフロアから提出されました。それはABCの再投与に関するものでした。この患者さんは過敏症といった明らかな副作用の為ではありませんが、服用を一時中断しています。このような症例にABCを再投与する事は安全であるのかという質問でした。この質問に対する回答としてABCを比較的いい加減に服用している患者さんの間で当初恐れられていたような副作用はほとんど認められなかったという事例の紹介がありました。過敏症といったなんらかの副作用で中止したのではなく、単に服用を中断した際には服用の再開は問題無いと考えて良いようです。
 この症例は如何に優れた耐性検査のサポートが得られても副作用の問題でオプションが非常に限定されてしまう事がある現実を示したものでもありました。また認可されている薬剤の種類こそ日米に大きな差は無いものの、認可・承認前の治験薬に対するexpanded accessといった点からは治験がほとんど行われていない日本と米国の違いは大きい点も再認識させられるものでした。いずれにしてもLopinavir/ritonavir承認後、後に続くプロテアーゼ阻害薬や逆転写酵素阻害薬の認可が近い将来には望めない現在、将来更に良い薬剤が出て強力な併用療法が可能になるまで待つか、CD4が危険な領域に入る前に少しでも病気の進行を抑えるために今使用可能な薬剤で最大限の治療を行うか「ギャンブル」を強いられる症例でもありました。